hm短編 | ナノ
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パラディンと祝福の導き


ダル・セーニョを訪れたリュートを待っていたのは、白いワンピースを着た名前だった。

「どうしたんだい、その格好」

目を丸くするリュートに名前はバツが悪そうだった。

「いや、何、たまには女性らしい格好をするべきだと母上に言われてな。困ったものだ」

そう言って腕を組む少女の姿にはどこか貫禄がある。
晒された肌は全く日焼けしておらず白いが、体つきは同年代の少女に比べれば遥かに逞しい。
いつもの名前だ。安心すると、リュートは背負っていた十字の大剣を壁に立てかけた。

「ホルン女王陛下がご懐妊だと聞いた」
「うん!やっと、やあっとだよ!もう嬉しくってさ、毎日お腹に話しかけてるんだ!あんまり話しすぎるから、いい加減にしなさいって母さんに怒られちゃったよ」
「はしゃぐと周りが見えなくなるのは相変わらずか」

途端に目を輝かせて饒舌になるリュートに名前は笑った。
いい意味で女性的でない、快活な笑顔だ。リュートはその飾らない笑みが好きだった。

「私がその喜びを知るのは五年後になるのか……待ち遠しいな」
「弟くんだね!ボクも楽しみだなぁ!」
「魔族の予言なんぞで知りたくはなかったがな」

ダル・セーニョが魔族の襲撃に遭ったのはつい先日のこと。魔族がまず手を出したのはダル・セーニョの南西だった。
これの知らせを受けて名前が兵を引き連れ南西に向かったが、その間にベースの副官達の軍は北東から城に攻め入って来たのだ。

「あの時リュートが来ていなければ、私は自分の命はもちろん、国も両親も失っていたのだろう」

父や母でさえ敵わなかった相手とはいえ、刃を交えることすら叶わず敗北を悟った時の悔しさは、今も名前の中で燻り続けている。

「やめてよ、困った時はお互い様じゃないか」

リュートの苦笑から名前は目を逸らした。

「父と母に会いに来たのだろう?」
「うん。フルートの報告をボクにって、母さんに任されたんだ」
「フルート?」
「赤ちゃんの名前さっ。ボクが決めたんだ!」
「随分気が早いな。女の子の名前じゃないか。生まれるまでは分からないだろう?」
「絶対女の子だよ!それもとびっきり可愛いんだ!大丈夫、ボクの占いは当たるからね!」

声を弾ませて間違いないと笑うリュートに、名前はこれ以上は野暮かと言うのをやめた。元より子供好きなので、兄になるのが相当嬉しいのだろう。
自分も弟か妹の名前を考えてみるのもいいかもしれない。まだ母の腹に宿ってすらいないので、リュートに言えないくらい気が早いか。

「まあいい。鍛錬が終わってちょうど休んでいるところだ……来い、案内しよう」

長い廊下を渡り、着いた先には他よりも少し立派な扉の前。
名前はくるりと振り返ると、リュートに手を差し出した。

「預かっておこう」

リュートが背負う大剣は報告をするだけのこの部屋に不要だ。
しかしそれを預かるということは。

「名前は?」
「外で休めと言われている」
「うん?そっか」

いつもなら一緒に席に着くのになぜだろう。
不思議に思いながらも名前に剣を預け、リュートは扉をノックした。
やはり名前も一緒に、とリュートが振り向いた時にはもう名前の姿はなかった。

「よくいらしてくれました、リュート王子」
「いらっしゃいませリュート王子。どうぞお掛けになって下さい」

シュリンクスとショームに笑顔で迎えられリュートは椅子に腰掛けた。
挨拶もそこそこに早速話を切り出す。母が身籠ったこと、お腹の子を占ったこと、もう名前を考えてあること――誰かに会うたび話してきたが、どれだけ話しても話し足りなかった。シュリンクスもショームも嫌な顔ひとつせずまるで自分達のことのように喜んで聞いてくれたのでリュートは時間を忘れて語り尽くした。
名前のことを思い出したのは窓から夕暮れの日差しが差し込んで来た頃だった。いつもなら剣の手入れをしながら相槌を打ってくれる彼女がいないことが物足りなく、リュートはさりげなく尋ねてみた。

「そういえば、名前、何かあったんですか?」

朗らかに笑っていたシュリンクスとショームがぎこちない表情を浮かべたので、リュートは慌てて付け足した。

「あ、あの、いつもと様子が違うというかその……可愛い格好をしていたのでどうかしたのかなと思いまして……!」

名前がワンピースを着ていたのも同席しなかったのも二人が勧めたからだ。
長い付き合いだがあんな名前は見たことがない。それがどうも、腑に落ちない。

「あの子、最近無理な訓練ばかりしていたので……どうも、この前のこと気に病んでいるみたいなんです」

この前のこととはもちろん、ダル・セーニョへの襲撃のことだ。
先日の襲撃からの復興は順調に進んでいる。魔族達が直接城に向かってきた為に、国民への被害が小さかったのだ。
スフォルツェンドから医療班が派遣され負傷者の治療・救護も迅速に行われた。
何より一度は魔族の手に囚われた王族が生き永らえたのは前例がなく奇跡と言っていいほどで、今回の戦いは見事な"勝利"なのだ。
しかしショームが笑顔を曇らせるからには、名前はそうは思っていない。

(……そう言えば)

あの白の生地の隙間から、薄くなりはしたがその時の傷が残っていたような。

「少しだけ、ほんの少しだけ、あの子を剣の道に導いたことを後悔しそうになりました……私も女ながら戦う身ですから、あの子を止めようとは思いません。この剣技の国で剣術を磨き己を高めることは、誇らしい行いと言えましょう?」
「……」
「ただ……無理はさせたくありませんから。あの子もいずれ私のように親になります。子を産めない体にでもなってしまったらと心配になりまして」
「それで、あの服を?」
「ええ。このままだと、女である自覚を失いそうな気がしたのです」
「馬子にも衣装と言いますかな、我が娘ながらなかなか様になっておりましょう。なんたってショームによく似ていますからな!」
「まぁ嫌ねあなたったら!でも……フフ、可愛らしいでしょう?」

シュリンクスが快活に笑い、ショームも釣られて笑みを取り戻す。
リュートはそんな二人に、うまく笑えている自信がなかった。
名前は可愛らしい格好をしていた。腕を組んで、飾らない笑みを見せていた。



報告だけのはずが随分話し込んでしまい、リュートが部屋を出る頃には外が暗くなり始めていた。
あらかじめ見回りと訓練、その他諸々の雑務を片付けて来たから良いが優しくも厳しい母には長居するなと睨まれそうである。
名前は中庭にいた。ベンチに座って訓練場を見ているが、兵達はもう訓練を終えて残っていない。彼女は何を見つめているのだろう。
芝生を踏み締めて近付くと、名前がこちらを向いた。

「その服、さ」

夕暮れの風に名前の綺麗な髪が靡いていた。

「似合ってないね」

着飾った女性にかけるべき言葉ではないが、旧知の仲であるからこそリュートは口にし、そして名前は怒らなかった。

「だって、嫌そうだったから」
「その通りだ」

名前は怒るどころか嬉しそうに頷いた。
本人が認めたことにより、リュートは胸の蟠りがすっと消えた気がした。

「うーん……名前が好きじゃないから似合わないんだよ。好きになったら、とても素敵になると思うんだけど」

彼女は現状に納得していない。本当はワンピースなんて着てベンチで物思いに耽ることなんてせず、鎧を身に付けて剣を振るい汗を流していたいのだ。

「でも名前は、これからも好きになることはないんだろう?」
「ああ……そうだな。私はこれがいい」

そう言って名前が掲げたのは愛用する柄の短い長剣だった。
暇を持て余して手入れしていたというそれの刀身は美しく、鏡のようにリュートを映した。

「うん、すごく似合ってる」

剣を掲げる姿のなんと勇ましいことか。眼差しに滾る戦いへの熱意に当てられ、リュートも闘志が湧いてくるようだった。
リュートの率直な感想に、名前は笑顔を見せた。

「大神官殿に、幸あらんことを」

その笑みはどんなに磨き抜かれた剣よりも綺麗で、やはりリュートの好きな笑みだった。

「次は私がスフォルツェンドに赴こう。女王陛下にお目にかかりたい」
「待ってるよ!」

力強く頷く。リュートが拳を作って名前に向けると、名前も拳を作りこつりと軽く当てた。

戦いが終わるまで彼女は装いよりも剣を選ぶ。終わってから気持ちが変わるという保証もない。
ただもし彼女が好きになったなら、その白いワンピースに似合う髪飾りを贈るのも悪くないのではないか。
リュートは目を細めて未来を思った。



2015.01.11

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