黄昏れる箱庭
ベース様のお言葉はとても難しくて分かりにくかった。
それをギータ様が分かりやすく説明してくださった。
独自の文明を築こうとしている小国があるので、厄介なことになる前に潰すぞ、ということらしい。
小国はギータ様率いる我らが超獣軍の手によって、あっさりと壊滅した。
伝令兵の私は四つ足をせかせかと動かしながら、軍の王を探していた。
「ギータ様、どこかなー」
鼻につくのは、うっとりするような人間の焼ける匂い。普段は好きな匂いも、ギータ様を探す今は邪魔だった。
それにしても、自分だけ残って軍を帰すなんて何があったんだろう。
作戦だってうまくいったし、問題が起きたなんて聞いていない。昼過ぎに撤退を始めたというのに、もう夕暮れだ。
こういう時、もっとギータ様の傍で仕えていたら……と思うけど、残念ながら私は大して強くなかった。脚が速いからと伝令兵に任されたけど、空を飛べる妖鳳軍には敵わないし、読み書きができないからメモを取ることもできないし、一度に沢山のことを覚えられないし、それに忘れっぽいし、だから伝令も一言か二言くらいしか……あれ?なんで私、伝令兵なんだろう?
「えっと脚が速いからで……でも妖鳳軍の方が……いやでも……わっ!?」
考えながら走っていると、ぐにゅりと柔らかいものに足を取られて転んだ。
「あいたー……なんだ人間かあ」
死にたてのまだ硬くなっていない体が、瓦礫の隙間から見えていた。
瓦礫に潰されたのに運悪くすぐに死ねなかったのだろう。
体温の残った死体が、やけにむかついた。
「私はギータ様を探してるの!邪魔!」
前足で瓦礫を掘り起こすと、後ろ足でその体を蹴っ飛ばした。
スッキリしたので再びギータ様を探す。
しばらく走ると、瓦礫の中にまだ形を残す建物があった。屋根は飛び壁も壊れているが「建物」と言えるくらいには崩れていない。
「よーしっ」
加速して、短い坂になっている瓦礫でジャンプする。
軽やかに壁を飛び越えて着地した。自分に花丸をあげたくなる中々のジャンプだった。
嬉しいことは更に続き、私は煤けた絨毯の上を走った。
「ギータ様ー!」
赤い布の先にいる超獣軍の長様は、私の声にゆっくりと振り返った。
「来ると思いましたよ、名前さん」
ギータ様は相手が下っ端だろうが敵だろうが丁寧な口調で話す方だ。
いつまで経っても慣れそうにないなあと思いながら、私はギータ様に近付いた。
ギータ様は何を考えているかよく分からない表情で玉座に足をかけていた。そこで私は、ここが小さいながらにこの国の城なのだと知った。
城の主はどこかに逃げたか瓦礫の下か、辺りにそれらしい死体はなかった。残念、踏んづけてやろうと思ったのに。
「ギータ様、一体どうなさったんですか?もしかしてお怪我でも?」
でも、怪我なんてしていないのは分かっていた。
ギータ様の服は血で汚れていたけど、それは全部返り血だったから。
「いいえ。考え事をしていただけですよ」
「考え事ですか?」
「そうです。少しばかり……ね」
何を考えていたんだろう?
ギータ様の手には、剣があった。
私の視線に気付いたギータ様が微笑みを浮かべる。
「ああ、これですか?手入れをしていたんですよ。綺麗にしておかないと、すぐにダメになってしまうのでねェ」
得意げにかざされた剣がきらりと輝く。
真っ赤な血で汚れていたであろう剣身は、鏡のようにくっきりと私を映した。
綺麗な微笑みと剣に、私は思わず息を呑んだ。
(この剣で、斬られたら)
ギータ様に斬られたら。
気持ちいい、かもしれない。
ぞくぞくと、寒気に似た快感が私を襲った。
「ところで名前さん」
「はいっ!」
想像にギータ様の声が割り込む。
私が慌てて背筋を正すと、ギータ様は続けた。
「もし私が本当の王になったら……あなたはどうしますか?」
煤汚れた玉座を蹴り、胸を反らす姿は、超獣の王に相応しい堂々っぷりだ。
「ああ、なったらではなく、"なろうとしたら"でも構いませんよ」
「え、ええと……」
やっぱりギータ様は何を考えているか分からない。今も王なのに。本当の王って何だろう?
話していても分からないから、表情だけで分かるわけもなかった。
「冗談ですよ。からかってすみません。気にしないで下さいね……さ、帰りましょう」
困る私にギータ様は笑い、私の横を通り過ぎようとした。
「待って下さい!」
私は咄嗟に声を上げていた。
ギータ様は驚いていたけど、怒ったりはしなかった。
反射的に斬られなくて良かったような残念なような、今はそれは置いといて。
「私、ギータ様と違って頭良くないですけど……ギータ様が言ってることが嘘か本当かは、分かりますよ」
逆らうわけじゃない。逆らおうなんて思ったこともない。
斬られたら嬉しいと思ったのは、今は置いといて。
「冗談じゃないですよね」
「……」
「それで、えーと、質問の答えなんですけど」
私はギータ様が大好きだから。
「いーっしょう、ついて行きます!捨て駒にされても構わないですっ!」
大声で言い切ると、ギータ様はやっぱり驚いて、呆気にとられていて……それから、盛大に吹き出した。
「ク!ククク……それは嬉しいですねェ」
お腹を抱えて笑う姿に、恥ずかしさが込み上げて来た。
「そんなに笑うことないじゃないですか!」
「ク……あまりにも気持ち良く言われたものですから……クク」
笑い続けるギータ様は本当におかしいようで、楽しそうでもあった。それは嬉しい。
けれどやっぱり恥ずかしくて、顔が熱くなってきた。
「私っ、先に戻って軍に連絡しておきますから!」
「ああ、はい。お手数かけてしまいましたね、クッ」
「〜〜……ッ、早くお帰り下さいね!」
私は走り出すと、来た時のように壁を飛び越えて城の外に出た。
飛び越える際に足を引っ掛けそうになってしまった。調子狂うなあ、もう。
早く北の都に帰ってゆっくりしよう。気晴らしに幽閉している人間達を殴ってもいい。反応があんまりないからそれほど面白くないけどまあいい。
ギータ様とのお話を言ったら、ベース様やドラム様に怒られそうだなあ。
さっきのことは、内緒にしておこう。
きっとギータ様も、内緒にしてくれるよね。
「確かに頭は良くないようですねェ」
剣を鞘に戻したギータは、名前が去った方向を眺めながら目を細めた。
「そこまで察しておきながら、なぜ私があなたに言ったかを考えないのですから」
上の者に聞かれられれば立場が危うくなるような、己の野心の、ほんの一欠片。
彼女が馬鹿だから広められる心配がないという理由では"もちろん"ない。
人間の持つそれと似ているようで全く違う、黒い執着。
「あなたみたいな単純な方、嫌いじゃないんですよ、私」
わざわざ彼女が来るまで待っていた甲斐は、十分にあったと言える。
「一生ついていく……忘れませんからねェ、この言葉」
自分が蹴り倒した玉座を一瞥、ギータは満足気に頷くと、鼻歌交じりに歩き出した。
2014.05.19
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