hm短編 | ナノ
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ささくれていた青空


金属のぶつかり合う、鈍く耳に纏わり付く音。
男も女も一心不乱に剣を振り、技を磨く。

真剣を用いた実技訓練は、剣技の大国ダル・セーニョでは当たり前の光景だった。
騎士団に属する者、また団員を目指す者、実力を持った者達の本気の訓練は、時に命も落としかねない壮絶なもの。
それでも止めないのは、ひとえに世界が魔族に脅かされているこの状況。
大魔王の復活こそないが、平和の象徴と謳われていた英雄は十数年前に亡くなり、人類は決して安心できない事態にある。強大な力を持つこの国も、魔族に襲われれば滅ぼされてしまう可能性があった。

たかが鍛錬で死んでしまったのなら、所詮それだけの実力でしかなかったということ。
誰もが己に使命を課し、生き抜くために鍛えていた。

緊迫した訓練場から少し離れた場所に、大きな金属音が響く。
続く弾けるような音の後、少年の手から離れた剣は円を描き、深々と地面に突き刺さった。

「やっりー、これで私の4連勝〜!いーい?トロン、次私が勝ったらおやつ三日分だからね!」

それを見届けた少女は嬉しそうに飛び跳ね、ポーズを決めた。

「あっ待てよ名前!今のはだなっ!」
「もう待ったはなし!本当なら今ので6連勝なんだから!」
「ぐっ……」

声を詰まらせるトロンに、勝利を確信した名前はにやりと笑った。
トロンは不満気に頬を膨らませると、飛ばされた剣の元までわざと埃を立てて歩き、柄を握って思い切り引き抜いた。

「余が勝てばいいんだろう!とっとと次やるぞ!」
「疲れたからきゅーけーい」

意気込むトロンに名前は息を吐くと、手にしていた剣を放り投げて腰を下ろした。

「なっ、逃げる気か!?」
「連戦して疲れたの。こっちはか弱い女の子なんですー」

散々自分を負かしておいて、どこがか弱いのだ。
服が汚れるのも気にせずそのまま寝転ぶ名前は、はしたないやら女の子らしさのカケラもないやら。
トロンは文句を言ってやりたかったが、名前に起き上がる気が全くないので諦めて自分もその場に寝転んだ。
見上げる空は真っ青で、白い雲がゆっくりと流れている。絶好の訓練日和だ。

「……余は王子なんだぞ」
「そうだね、同い年の女剣士にも負けるへっぴり王子だね」
「ぐっ……」

聞こえていないだろうと口にした呟きを拾われ、トロンはまたもや声を詰まらせた。

トロンが名前が出会ったのは今から一年前のこと。訓練が嫌になって城を抜け出した時に、人気のない公園で素振りをしていた彼女を見つけたのだ。剣という共通点があったからか、少し話をしているうちにすっかり仲良くなっていた。
騎士の国とも言われるダル・セーニョで、名前は他の子供達よりも早く訓練を始めていた。
理由を聞いてみれば、「ただ強くなりたいだけだよ」と屈託のない笑顔で返された。
その意思に打たれて、共に訓練をと誘った。……女相手ならなんとかなるだろうという考えがあったのは、否定できない。
突出した才能があるわけでもない。物凄く真面目というわけでもない。ただ少し気の強い、時には無礼な少女。
話す時間が増えれば増えるほど、王子であるトロンにも物怖じせず文句を言って来る名前は、腹立たしくあったが――悪い気もしなかった。

「王妃様、またお相手してくれないかなあ」
「どーせ相手になんねーよ」

騎士国の王妃であり、優れた女剣士であるショームは名前の憧れの存在だ。
ショームも元来の気さくさと、娘を持たないことからか、時にはトロンが嫉妬するほどに名前を可愛がっている。
今の咄嗟に出た言葉も、母親を奪われたくないという感情からであった。

「へっぴり王子に言われたくない」
「へっぴりへっぴりうるさいぞっ……うわ!?」

勢い良くトロンが起き上がってみれば、いつの間に近付いていたのやら目の前には名前が。
驚いて後方に倒れそうになるトロンの腕を取って、名前は不満そうに口を開いた。

「だって、トロンはいざという時に腰を引くから。へっぴり腰だよへっぴり腰。それさえなくせば、多分私より強い」
「え……」

ぐっと寄せられた眉根といつもより低い声が、不機嫌さを露わにしている。
名前が不満を言うのも不機嫌になるのも初めてではないが、最後の言葉は初めてだ。
名前は早くから訓練を始めていたことや、ショームに付き合ってもらったこともあってか、同年代の子供からすれば遥かに強い。そのせいか調子に乗りやすく、過度な自信があり、トロンに対しても貶すことはあれど褒めることはなかった。
なのに。

(オレの方が強いだって?)

訝しがるトロンに、名前は続けた。

「技術はともかく、力には限界があるんだよ。女の子にはね」
「……何があったんだよ」

投げやりにも聞こえる言い方に、トロンは名前の心の淀みを見た気がした。

「聞くの?」
「聞いてほしくねえのか」
「悪いことではないんだよ」
「あーもう!はっきり言えよな!」

いつものサバサバした姿はどこへやら、なぜかどうも女々しい。
気持ちが悪いとばかりに声を上げるトロンに、名前は気まずそうに笑った。

「赤ちゃん産める体になったの」
「は?」
「二週間ほど前にね……その日はお赤飯だったんだけど、あんまり嬉しくなかったかなぁ」

何でもないように話す名前に、トロンはゆっくりと理解していった。顔が熱くなっていく。
言われてみれば、二週間前の名前は変だった。二戦くらいで訓練をさっさと終わらせたのは気まぐれではなかったのか。
そしてそんな彼女にも負けたあの時の自分。
ふつふつと、照れと同時に情けなさが込み上げてくる。

「だから、少し考えちゃっただけ。あっ、女だからって言い訳したいんじゃないよ!王妃様とっても強いもん!」

つまり名前は、"お年頃"となりつつあるきっかけが目に見えて訪れ、いくら男っぽくなろうとしても同世代の少年より強くても、自分は女の子なのだと不安になったのだ。

「もう!なんでトロンが照れるのよ!」

ばしっと背を叩かれ、その力強さに本当に女なのか疑いたくなったが、トロンは言い返せなかった。

(ああ、女の子だろうな)

性格も振る舞いもがさつだが、そんな表情、女にしかできないだろう。
大好きな母親とは違う、柔らかくも切なそうな表情に、胸をぎゅっと掴まれた気分になった。
トロンはズボンに付いた土を払って立ち上がると、剣を取った。

「名前」
「うん?」
「もう一戦」

ええ、と不服そうに口を尖らせる手を強引に引っ張り、トロンは名前を立ち上がらせた。

「いいからやるぞ!十分休憩しただろ」
「そんなにおやつが惜しいんだ?ケチ王子」
「そんなんじゃねーよ!」

ぶつくさと言いつつ名前も剣を拾い上げる。
そうしてトロンは少女の、

確かめるように剣を振る姿が、
剣先についた土埃を拭う姿が、
姿勢を正して剣を構える姿が、

(全然、似合わねえ)

全くと言っていいほど似合わないことに、ようやく気が付いた。
今まで似合っていると思っていただけで、本当はそうではなかったのだ。
少女が大剣を構える姿は、とても違和感に溢れているの。
彼女からすれば侮辱に値するであろう言葉を飲み込んで、トロンも剣を構えた。

「なあ、名前」
「なに?」
「あー、その、次にオレが勝ったらなんだけど」

4連勝(正確には6連勝)している名前は、仮とはいえトロンの言葉にむっとしたようだ。

「トロンが勝ってもちゃんと5連勝しなきゃおやつはあげないからね」
「お前はいい加減おやつから離れろよ!……そうじゃなくてだな」
「じゃあ何よ?」

不思議と、トロンの体の震えは止まっていた。
いざという時に腰を引いてしまう癖とやらを、この瞬間だけは治せているようだ。

(ならもう少しだけ、治っていてくれ)

剣を握る手に力以上の思いを込めて。
トロンは意を決して口を開いた。

「余の未来の……あー、まどろっこしいな!――オレの王妃になれ!」

愛の告白というにはあまりに大雑把な、けれども確かな力強さを持った言葉。

「えっ」
「約束だからな。行くぞ」
「はっ!?ちょ、ちょっと待っ……」

きょとんとする名前に好都合だと、トロンは一歩踏み出した。
逆袈裟の斬撃が、少女の剣を弾き飛ばす。
重みが増した一振りにも関わらず、剣が触れ合った音は鈍さのない鋭いものだった。
遠くで剣が地に刺さっても、一方は動けず、一方は動かずにいた。
先に口を開いたのは、我に返った名前だった。

「……ひっ、卑怯!何今の!不意打ち!ずるい!ずるトロン!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるが、トロンは聞く耳を持たない。

「今日はこれで終わりな。……ああ、勝ちは勝ちだからな」

さっさと剣を鞘に戻したトロンは、くるりと背を向けて城へと歩き出した。

「勝ちってそれじゃ……ちょっと待ってよトロン!」

後方で剣が拾ってくれとばかりに倒れて、追おうとする名前の足を止める。

「ああっもう!」

まるでトロンの味方をされているようだと名前の焦りは増す。急いで愛剣の元まで駆け鞘に戻す。荒く扱かったので砂利を幾分か巻き込んだがお構いなしだ。

「トーローンンー!」

既にトロンは豆粒ほどにしか見えない遠くまで行っており、名前は距離を埋めるために足早にその背を追った。遠目から見ても彼の耳は赤く、からかってやろうと思ったがうまく言葉が出てこない。どころか自分も耳だけでなく頬も額も……どうしようもなく熱いことに気付き、追いついたところで何を言えばいいか分からなかった。
それでも走り出さずにはいられず、名前は小さな王子を追いかけた。
程なくして、王子も逃げるように走り出した。

2015.12.30

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