水面の星座は滲む
髪は透き通る程に白いような銀。それに比例するかのように白く美しい顔には凛とした眉に、銀の満月が降りてきたかのような双眼。さらには柘榴のように真っ赤に熟れた唇。背筋をシャンと伸ばすその姿は、身体の細さを際立たせるも意思の強さを見せつけているようで眩しい程だ。

「…?どうしたシンジ。俺がなんかおかしいか?」

見つめられ、不思議そうに首を傾げる目前の奴は、俺の幼馴染ーーもとい先ほど述べたような容姿を持った、真田明彦。そして俺が、こんなに酷い妄執に憑かれながら幼馴染に、それも男の幼馴染に片思いをしているバカな男ーー荒垣真次郎。

ああそうだそうだ!嗤ってもらって構わない。俺は、幼馴染に、男に、真田明彦に恋してるのだ。



ーーー






「シンジ、今日こそは部活に戻ってもらおうじゃないか!」

「…お断りだ」

何故だ!?と自信満々にまさか俺が断るだなんて露ほども思っていなかった、そんな顔をするアキに俺はいつも通りの返答をする。そのあと少し肩を落とす(これがいつもなのだからこちらも胸が痛い)アキに、また俺はいつも通りの声をかける。

「…ラーメン食いに行くぐらいなら、別に付き合ってやらないこともない」

毎度ながら自分の遠回しの誘い方にはそろそろ呆れを通り越して自分でも惨めになってくるが、アキはその言葉に大変満足した様にキラキラとした目でこちらを見てきた。

「本当か、ならば餃子も追加だな!」

「誰がそんなこと…。はぁ、まあいい。行くぞ」

「おう!」

威勢のいいことだ。それがアキのいいところであり、俺の想いがどれほど憐れなことかを実感させられる。

最初に見たとき、俺はアキを不可抗力ながら女性だと、女子だと思ったのだ。どう考えたって昔のあいつは多分そこらの女子なんかよりか細く、儚い雰囲気を醸し出していて、さらにその頃は妹と一緒に人形遊びをしていたり、絵本を読んでいたりすることが多かったため、いじめられていた理由を聞いたときには卒倒した(大げさにいっているわけではなく本当のことである)。
その時には幼いながらも、人間は外見だけで判断してはいけないと学んだのだ。全くもって世の中というのは不条理である。
それで、だ。先入観と言うべきなのか否か。俺がそんな時のアキに出会って、密かに胸をときめかせてしまったのだ。運命の瞬間、そう、一目惚れだ。理由を聞いて、つるむようになった後だってアキと一緒にいるとドキドキしたし、見つめられた時なんか顔から火が出るほど赤くして慌てた。しかし慣れというものは恐ろしい、今現在は余程のことがなければ耐えれる。が、ふとしたアキの言動にやはり動揺してしまうのが常だ。
つまり俺はアキのことを好きになってしまい、今に至っているということになる。







「ふぉふぉおふぁーめんふぁ、…んっ、美味いなシンジ!」

「………そうだな」


そうしてはがくれへとやって来たが、誰も盗らないのに詰め込むようにしてラーメンを頬張るアキを見ていて、ふと思った。
その唇がうまそうだ、と。
俺だってあの忌まわしい能力さえなければ普通の人間であり、人食の気など毛頭ない。したくもない。…ないのだが、そこにかぶりついてみたくなったのだ。柘榴のようだが、どんな味がするのだろうと、率直にそう思ったのだ。

「?どうしたシンジ。俺がなんかおかしいか?」




「…いや、なんでもねぇ」

その考えを振り払おうと自分が頼んだラーメンを啜るが、美味しいとか、いつも通りだな、とかそういうのは無く。ただただ、"具"を食べ、"麺"を啜り、"汁"を飲むという行為になっていて。
…あの唇のせいだ、と根拠はないがそう思った。









「美味かったな!全く、シンジもあの餃子を食べるべきだった。遅いから食べてしまったじゃないか」

「ったく、お前が急いで食いすぎるから…」

「なんだと?!温かい料理は冷める前に食べる、それが俺なりの敬意だ!」

「あーはいはい」

よくもまあ、回る口だ。学校の女子相手だったり同級生相手だと無口になると溜まり場にいた同校の奴らがアキを評していたが、俺の中の"真田明彦"を知っているとそんなことはないんじゃないか、と思ってしまう。適当な相槌で右から左へと話を流す俺にお構い無しに話を続けるアキだったが、ふと、空を見上げてつぶやいたのだ。

「ほぉ、綺麗だな」

その言葉につられて上を見ると黒とも紺とも言えない空の幕に、無数の白い粒が散らばりながら浮かんでいた。久しぶりに空を見上げたから、星空がこんなにも綺麗なものだったのかと思わず目を見張った。

「…そういえば」

思い出すように、何気無くつぶやいたアキの言葉に相槌は打たないが静かに耳を傾ける。

「俺と、シンジのペルソナは"ポリデュークス"と"カストール"だったな」

何を今更、と言ってやろうかと思ったがつぶやいたアキの顔が初めて気づいたことに感嘆する子供のように、しかしどこか悟って憂いているように銀の目を伏せている。そんな表情をしていたため、黙することに徹した。

「星座のこととか神話についてはよく分からない。…分からないが」


お前とこんなに広い星空の中で、一緒にいられるのは幸せなことだなーー。





その言葉を聞いた後は、自分でも何をしたのかよく分からない。分からなかったが、あの柘榴の味はニンニクとニラーーそして濃厚な魚介スープの味がすることだけは、分かった。


ハッとした時には、星空を背にしたアキが悪戯が成功したときのように、俺に向かって微笑んでいた。
俺が思わず名前を呼ぼうとすると、アキが先に口を開いた。
それはもう、楽しそうに。








「お前だけが、見てたわけじゃないさ」









End


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