ピザみたいに柔らかく、薄いものは、食べる時に力を入れなくても噛み切れる。そうしてろくに噛まずして飲み込むのだが、味が濃いのだから食べた気にはなる。
だけど、デリバリーのやつなんて、冷めてしまえばただただ、まずい。合成調味料でごてごてにされ、素材の味は消えているし、冷めてパサパサとした生地。
嫌になってしまう。
そうは思うのだけど、目前の男はそれを気にした様子はなく、ファイリングされた資料を見ながら一切れずつに分割されたピザを食べ続ける。
味はたしか、無難なマルゲリータだったはず。自分が持って帰ってきたはずなのに、一切れも食べていない。
ふと彼はそんな突っ立ってる自分を見て、訝しげな表情を向ける。
「君も食べたらどう?」
そう言って彼はまたピザを一切れ、手に取って食べ始める。切り取ったピザのチーズがとろとろと重力に従って落ちる前に、彼はそれにかぶりつく。そしてゆっくりと、ほとんど機械的にだが噛み始める。
くちゃ、くちゃ。
その耳に付くような水っぽい音は、他人がやったら不快感を煽る音になるはずなのだが、彼がしていても驚く程にそんな気は起きず、なんとも言えない気持ちになった。
…このサーフ・シェフィールドという男は本当にずるい。
そう思いながらも、彼に勧められた通り、自分も席について冷めたピザを食べ始めるのであった。残っていた一切れのピザは、やはり冷え切っていて、チーズだけが照明でてらてらと光っていた。
咀嚼音50題より
10.くちゃくちゃ
イケメンって得ですね。