きみしかいらない

 純粋に面白くない。何がって目の前の光景だ。
 タールみたいな黒く粘るものが腹の奥に溜まっていくような、不愉快な気分だ。なのに目を離せない。嫌なら見なきゃいいだけの話なのに。男の嫉妬など、女子のそれよりも醜く情けないことはわかってる。わかってるけど。


「ホントちっちゃいね〜、逆に何しなかったらそこで成長止まるんだよ」

「ぎっ、牛乳いっぱい飲むし、夜も早く寝てます!」

「牛乳嫌いで夜更かし大好きな研磨ですら170近いのにナァ」

「う〜…」


 無遠慮に髪をかき回す黒尾さんの手を拒むこともせず、日向は唇を尖らせて唸るばかりだ。ただからかいたいだけの軽口に、馬鹿正直に答える必要なんかないのに、反論したいのか口元をむぐむぐ動かしている。

 大体、この暑いのに屋外でバーベキューなんて馬鹿じゃないのか。何が楽しいのかぎゃあぎゃあ騒いでいる田中さん達も、よくもまぁ毎日あんな体力続くよなと思う。ここぞとばかりに、例の断りにくい笑顔で、でかい握り飯を奨めてくる澤村さんとか。
 とにかく今は全てが苛立ちの対象にしかならない。八つ当たりだけど。


「ツッキー」


 何だよ今度はお前かよ。付き合い短くないんだから僕が今機嫌良くないのわかるデショ。
 ため息をわざと抑えないままそちらを睨むように見遣れば、それこそ『長い付き合い』で僕の無礼な対応など微塵も気にしない山口が、米粒のついた人差し指で眉間を叩いた。本当に何だよ。


「ツッキー、眉間にシワ寄ってる」

「っ、」


 低く舌打ちして、汗ばむ額を拭う。理由を追求せずに食事に意識を戻した山口に感謝すべきか、はたまた、話ぐらい聞けと理不尽に言ってみるべきか。どのみち山口ならば感づいているだろうが。

 そしてそれは恐らく、黒尾さんも。


「チビちゃんさぁ」

「ち、チビじゃありません!日向です!」

「ひなた、ね。じゃあ日向クン、日向クンはさぁ、今付き合ってる人とか居んの?」

「う、え…」

「おい、うちの後輩にセクハラやめろ」

「いーじゃんいーじゃん」


 澤村さんの静止も聞かず、黒尾さんは日向の肩に腕を回し自分の方に引き寄せると、僕の方を一瞬見て。……あぁ、本当に性格悪いな、この人。もう片方の手で顎を掴み、目線がかち合うようにくっと上を向かせた。

 梟谷のマネージャーさん達が黄色い声をあげる。横で僕同様一部始終を見ていた澤村さんは眉をしかめて、木兎さんはぽかんと口を開ける。そりゃそうだ、あと数センチだ。あとほんの数センチ、黒尾さんが顔を近付けるか、日向が背伸びすれば、容易くキス出来る距離だ。


「俺とかどうよ。ねぇ、日向クン」

「あっ…え、えっと、」

「俺年上だし、色々経験あるし?リードしてあげられると思うんだよねェ」

「うあ、り、リード、デスカ…」


 まるで女子を口説くみたいに甘く低い声で囁く黒尾さんに、悪乗りの延長だと判断したらしい木兎さん達が、「いいぞー!」とか「やれやれー!」とか囃し立てる。頼みの綱の澤村さんは、わざとらしく溜め息を吐いたものの何か口にすることはなかった。黒尾さんとは個人的に連絡を取り合っているらしいから、彼の厄介な人となりはわかっているのだろう。

 僕と日向は付き合っている。山口以外でこのことを知ってるのは、澤村さんと菅原さんくらいだ。別に自分で言った訳じゃないけど、彼らも何かと気が回る人達だから、僕らの空気が変わったことに気が付いたのだと思う。ただの部活仲間から、「お付き合い」という形になって、まだそんなに長くないのにも関わらずだ。まさか日向と月島がね、なんて笑われたのはちょっと前のこと。

 しかし、気付いた彼らが黒尾さんに言ったとは考えにくい。高校生らしい悪ふざけはよくしているけれど、根は真面目なふたりだから、まかり間違えても後輩のプライベートをうっかり喋るなんてことはまずありえない。
 ということはだ。一番最初に僕を見てから日向にちょっかいをかけた辺り、黒尾さんは僕と日向との間に、言われなくとも何か感じたということなんだろう。性格悪い上に勘も働くとか、いろんな意味で本当に嫌な人だ。

 さて、どうしたものか。流石に僕でも、恋人がああいったスキンシップを取られてるのは不愉快だ。大体にして、なんで日向も甘んじて受け入れているのか。君の彼氏誰だよ。

 先程山口に指摘されたくらいだ。僕は今不機嫌だと一発でわかるくらいの顔なんだろう。実際気分は最悪だから、間違ってないけど。
 見兼ねたらしい澤村さんに何度か肩パンされながらも、日向の腰に手を回したまま今時聞かないような甘ったるい台詞を吐いてた黒尾さんは、ふと僕の方を見て。どこぞの映画の悪役みたいな、それはそれは嫌な笑顔で。


「どうした月島少年、目つきがキツイぞ」

「…なんでもありません」

「ふーん…?」


 ほお擦りしてにやにやしてんなよ。あんた本当むかつくな。

 こんな人目がある所で言えるものじゃない言葉ばかりが浮かぶ。後先考えずに、日向は僕のものだと堂々叫べる性格なら良かったんだろうか。どこぞの王様みたいな単細胞なら言えたかな。ああ、くそ。こんなの僕らしくない。


「あのっ、おれ今、付き合ってるひと、がいまして、だから、だからそのっ…、むっ、無理!です!」

「へえ〜。そいつは初耳だ。ま、誰だろうが負ける気しねえから関係ねえわ」


 まさに精一杯みたいな震えた抗議も、2歳という年齢差のせいか、軽くあしらわれてしまう。そもそも日向みたいなおつむの弱い子供に、黒尾さんのような腹の奥に何か抱えてる人を上手くかわせ、という方が無理な話か。

 だからこの場合、僕が出ていくのが一番いい、というのはわかってる。自分らしくないとか言ってないで、きっぱりと日向は誰のものなのか、少なくとも匂わせる程度は宣言しておけばいいのだと。
 わかってるけど、僕は僕自身の、極力面倒を避けたい性格も知っている。それが邪魔をして口を閉ざしていることも。

 それでも腹立つもんはやっぱり腹立つ。胸の奥がざらざらしてムカついて、何か言ってやらなきゃ気が済まない。
 とりあえず髪型のことでもつついてやろうか、なんて足を踏み出しかけて。


「っ、お、おれ今、月島と付き合ってるから無理です!!」


 明後日の方向から、味方をも巻き込む援護射撃(あるいは自爆行為か)が飛んできて。それはもう騒がしかったその場が、水を打ったような静寂に包まれる。このバカやりやがった。


「ちょ、月島っ!」


 咄嗟に思い浮かんだ策は、日向と共にここから逃げることだった。後々のことを考えたら最善とは言えないけど、だからといってこの場に留まり続けるほど神経図太くもない。
 呆然と口を開けたままの他校の人達の合間を、日向の手をひいて縫うように走り抜ける。女子マネージャーさん達の黄色い声がまたあがって、本当にめんどくさいことをしてしまったと思ったけども、何もかも後の祭りだ。


「君、バカなんじゃないの、あんな大勢居る所で何を言ってくれてんの」

「うっ、うるせー!つーか月島が助けてくれないからだろ!?」


 ペナルティーでもないのに何故坂道ダッシュしなくちゃいけないんだ。大木に背を預け、弾む息を整える。汗ばんだ手の平が、ただでさえ体温の高い日向のせいで熱かったけれど、不思議なもので絡めた指をほどく気にはなれなかった。
 すれ違い様に見えた黒尾さんはさして驚いてる様子でもなく、ただ、例のにやにやした表情で僕と日向とを見ていた。要するに、彼には本当に日向とのことを気付かれてて、その上でからかわれていたということ。多分だけど、日向の爆弾投下も予想出来てたと思う。ああムカつく。

 まぁ、でも。いいか。久しぶりに、誰も居ないんだから。


「ぬあ?!なん、何だよいきなり!」

「うるさいな」

「うるさいなってお前急に…っ」


 このまますぐにあの場に帰るのは気が進まない。時間はまだあるし、多少なりともほとぼりが冷めてから戻りたい。先輩達が鎮火してくれてる所(多分)に、まさに燃料といえる自分達がわざわざ出向くことはない。
 だから。


「少しくらい良いデショ?僕どんだけ妬かされたと思ってんの」

「妬か…、えっ、月島ってやきもち焼くの!?」

「ホントに思ったことすぐに言う口だね。そんなだから付け込まれるんだよ」

「うるせーな!お前おれのことバカにしなきゃ死ぬ病気かよ!」

「さーね」


 口では可愛いくないことばっかり言うくせに、抱き寄せた腕から逃げたりはしない。この素直さが日向の魅力のひとつだとはわかってるけど、出来たら僕にだけ向けて欲しいと思うのは、そんな幼稚なことじゃない、と信じたい。

 まだ何かぶちぶちと文句を並べる顎を捕らえる。抗議でもあげようとしたのか、眉をしかめたまま開きかけた唇にかぶりついた。
 小さな身体が強張ったあと、空を掴んでいた手がそろそろと僕の首に回される。うっすら瞼を開けると、ぎゅっと目をつぶった日向の耳たぶが、少し赤いのに気付いた。指先でそっと触ってやれば、Tシャツを握る手に力が入って、恨めしそうに瞼を震わせたのが目に入る。


「…月島のすけべ」

「耳触っただけですけど?ああ、君、性感帯なんだっけ?ゴメンゴメン感じちゃったね」

「ち、ちっげーよ!!」


 不思議なものだ。こんなうるさくて頭の悪いちびっ子が、可愛いくて愛おしくて、誰にも渡したくないなんて。
















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ヒイイイイみの様大変お待たせ致しました…!!
いつもの如くなげえ!ぐだぐだ!すみません!!

茶々入れられる月日、という素敵リクを頂きましたが、茶々どころかこれ月日黒じゃね…と打ち震え、軌道修正をした…つもりです…(震え)
黒尾さんは面白がってるだけです。黒尾さんは面白がってるだけです。大事なこと以下省略

大遅刻申し訳ありませんでした!どうぞお納めくださいませ…!







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ひぃいいいいいいいい!!!ありがとうございますありがとうございます…!!月日ちゃん可愛すぎなのと黒尾さんがさいっこうにいい性格していてとっても美味しいです…!!!!吉井様の月日ちゃんもらえて私もうしんでもいいかなって(真顔)
私の方ももう少しなのでお待ちいただけたら嬉しいです…!!!
本当ありがとうございました!!                   みの


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