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500hit記念SS| 恩寵を君に

それはよく晴れた日の午後の出来事。平日の昼間という事もあり、綺麗に整備された国道を走る車は多くはない。そんな中、椿は東京ワールドツリーホテル送迎用の車中にいた。窓枠に頬杖を付き、流れる風景をぼーっと眺めていると静かな車内の沈黙を助手席に座っていたシャムロックが破ってきた。

「若、もうすぐ空港に到着するようです。」

「そう……飛行機の到着予定時刻までには着きそうだね。」

「ええ、そうですね。」

椿の乗った車は国際空港を目指していた。と言っても、椿達が飛行機に乗るわけでもない。海外から来る彼女を迎えにいくのだ。椿は何十年ぶりに彼女に再会出来るこの日を待ち望んでいた。おかげで昨晩は熟睡することもできなかった。もう何百年と昔の事だが、自分がまだ幼い頃……出かける前日に興奮して眠れない事を先生と彼女に笑われた記憶がふと蘇る。外見はあの頃と変わったが、根本の中身は変わっていないのだと少し自身の成長に落胆する。しかし、それも今回ばかりはしょうないと自分を甘やかす。

彼女と別れて暮らすようになってから定期的に連絡はとっていたものの、直接会う機会はなかった。写真も滅多に撮ることのない彼女の姿を形をして残してあるものは少なく、記憶だけが頼りだった。彼女の姿を忘れることなど有り得ないがやはり顔が見たいと思うのは無理もないと思う。彼女は自分にとって本当に大事な存在なのだ。

幼い頃から共にいた彼女の存在は、
母親と言うには異性として意識してしまい
かといって友達と言うと軽すぎる……簡単には言い表せないような存在だ。

そんな時彼女は決まって、家族だと言っていた。
自分もそう思っている。今もその気持ちは変わらない。

しかし、下位吸血鬼達の事も家族だと思い大切にしている椿からしてみれば
彼女と彼らがイコールであるかと問われるとその答えはNoだ。
その差はなんだろうか、と自分の中で問いかけてみたが答えはいつでも曖昧だ。


「……お嫁さんとかどうかなあ。」

「よ…嫁?!突然ど、どうされたのですか若っ!結婚のご予定などあるのですか!?」

「え?ああ、いや何でもないよ。」


シャムロックが後部座席に身を乗り出す勢いで食いついてきたが、それをさらりと受け流す。

いくら先生がいないからと言って自分は自由になった訳ではないのだ
先生との約束を思い出し、椿は目を閉じそして呟いた。


― どうせ世界で誰も 僕を理解しない ―


それでいい。そうだよね、先生?



車体がゆっくりと速度を落としていくのを感じて椿は閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
ようやく空港のスロープまで到着したようだ。
一足先に車から降りたシャムロックは後部座席のドアを開くと外へ出るよう促した。
椿はそれに抗うこともなく空港へと降り立った。


空港の到着ロビーへと入ると、人々の賑わう声で辺りは騒々しい音で溢れている。
密集したこの空間の息苦しさに嫌気が差してきたが、このまま帰ってしまったら本末転倒だ。


待ち合わせ場所であるエアポートラウンジの一角を目指す。
落ち着いた木材を基調とした統一感のあるラウンジにはまばらに人がくつろいでいる姿が見て取れた。
何か注文するかと尋ねてくるシャムロック。一息こうかとも思ったが、何だか気持ちが落ち着かず
シャムロックにここにいるよう指示すると椿はその場を離れ、もう一度到着ロビーへと戻る事にする。
ラウンジで待っている方がいいのだろうけれど、ひと目でも早くその姿を見たかった。




会いたい気持ちが焦りとなって現れるが気持ちをどうにか落ち着かせる。
速る鼓動が煩わしい。
そろそろ約束の時間だ。
彼女と同じ便に搭乗していたのだろう、大勢の人が溢れるようにロビーへと出てくる。
視線を走らせ、彼女の姿を探す。



すると、こんなにも多くの人ごみの中でも彼女の姿ははっきりと捉えることができた。



彼女もこちらに気付いたようで、満面の笑みを浮かべ手を振ってきた。
脳裏に焼き付いたその笑顔も本物の彼女の前ではすべて仮初にすぎないのだと思い知らされる。



ああ、愛しい。
君が恋しくて会えなかった時間をあんなに長く感じていたのが嘘のように思える。



全部終わらせよう、君の為に。
その為の僕なのだから。


椿はゆっくりと右足を彼女の元へと踏み出した。
その表情は本日の晴天の如くとても晴れやかだ。
しかしその裏で椿の心情には暗い影が差す。


― さあ、おいで。
共に終焉へのプロローグを語り始めようじゃないか。







500hit記念SS//「 恩寵を君に 」


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