novel | ナノ


07| 恩寵を君に

とりあえず、言い争いになってきた目の前の下位達を止めようと#変換してください#が間に入ろうとしたところで
後ろの自室のドアが開く音がした。

「あれ〜?騒がしいと思ったらなんでみんなここにいるの?」

と目をこすりながら出てきた椿の登場に、騒いでいた一同ピタリと動きを止め
水を打ったように辺りは静寂に包まれた。


「#変換してください#、おはよう。どうしたの?」

「おはよう……ってさっき挨拶したじゃない。」

「あれ?そうだっけ?」

と、椿は#変換してください#の後ろから顔を覗き込む形で抱きしめてきた。
まだ寝ぼけているのだろうか、寄りかかられている為少し重い。
けれど、どうしたらいいのか分からずに戸惑っていた#変換してください#はほっとした。
椿ならきっとこの状況をどうにかしてくれるだろう。

首元に回られた腕にそっと#変換してください#はそっと手を寄せると
静かになった下位達に気がつき視線をそちらに戻す。

すると、一同は椿と#変換してください#を見て目を丸くしたまま固まったままでいた。
その異様な光景に、#変換してください#もつられて固まってしまう。



そして、沈黙を破ったのは、シャムロックの一言だった。


「若……奥方がいらっしゃるならそう言っていただければ、心構えが出来ましたのに……!」



「奥方…?」


おくがた?前に日本にいた頃にも聞いた言葉のような気がするけれど
どんな意味合いだったっけ……。


「あははははっ!違うよーシャムロック!#変換してください#はそんなんじゃないよ……でも、奥方って……くくっ…そんな風に見えたの?」

「ち、違うのですか…?」


話に付いていけない#変換してください#は、小声で椿に聞いてみた。


「椿、奥方って何…?」

「ん?ああ、奥方っていうのは、奥さんって事。」

「お…奥さん…。」


意味を知って改めて驚く#変換してください#。自分の知らないところでそんな風に思われていたのかと思うと
事実ではないが、恥ずかしい気持ちになった。
頬を赤らめる#変換してください#を見て、納得したようにシャムロックが言った。


「では、恋仲という訳ですか…。」

「それも違うよ。僕と#変換してください#はそういう関係じゃないから。ずっと昔から一緒にいるからもう家族みたいな感じだよ」


椿の発言を聞いても、シャムロックはまだ納得していない様子で「ですが……」と言葉を濁し、続けた。


「私は目撃したのです……。昨晩、#変換してください#氏のお部屋へと夜這いする若の姿を……!」


「あ、見てたんだ。」


「ええ……。」


目を伏せ、見てはいけないものを見てしまった…と顔を真っ青にしてシャムロックはその場に立ちすくしていた。
その姿は少し衝撃を加えれば今にも崩れ落ちそうな程脆く見える。

そんなシャムロックの様子に、#変換してください#が反論する。


「ち、違うわ!誤解よ?!椿はそんなつもりで来た訳ではないの……!!」


「照れるなって……。まあ、なんだ……。恋人ともなれば、そう言う事もあるって」


少し興奮いした様子で顔を真っ赤にして、否定する#変換してください#を桜哉は目を逸らしながら、
なだめるようにポン、と肩に手を置いて制した。


「もう桜哉!違うの!椿もちゃんと否定して!」

「うーん、僕はただ#変換してください#と一緒に寝たかっただけだよ」

「本能のままに行動した、と……。」

「朝から下品なネタは困ります…。」


桜哉とオトギリが二、三歩後ずさりしながら
若干引き気味でそう言うと、椿も慌てて取り繕った。


「いや、そう言う意味じゃないよ!なんでそうなるの?!僕を陥れようとしてるの桜哉!オトギリも桜哉に騙されないで!」

「でも、一緒に寝てたんでしょォ〜?」

「そうだけど、やましい事は何もないよ」

「本当にィ〜?怪しいなァ〜」


と、#変換してください#の方に向き直り話をふるベルキア。完全に疑いの目である。
ここはしっかりと否定しなければ…!


「え、ええ。それは、もちろん!それに私はシスターなのだから、そんな事……」

「シスターなら尚更一緒に寝るのもアウトなんじゃね…?」


ごっもっともな桜哉のつぶやきに一同は同意の意味もかねて黙り込んだ。



自信満々とばかりに両手を腰に当て、胸を張り反論した#変換してください#だったが、
自らの発言で墓穴を掘るという失態に恥ずかしさと後悔で冷や汗が止まらない。

この場にいるのが、居た堪れない……。今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られた。
顔は熱いのに、背筋は驚く程の冷たさだ。
こんなにも異常な体内の温度差を感じたのは何年ぶりだろうか……。


そんな重苦しい雰囲気を変えたのは、椿の咳払いと「と、とにかく…」という
仕切り直しの言葉だった。



「添い寝してただけだから、それ以外何もないよ。夫婦でも、恋人でもないけど、僕にとって特別でとても大事な人なんだよ。」


ここまで否定されると、誰も反論するものはいなかった。


「だから、こうやってあまり#変換してください#をからかったり困らせたりしないように、ね?」


そして、にっこりと笑みを浮かべてはいるものの
有無を言わせぬ椿の無言の圧力に、反論出来る者もいなかった。


そんなこんなでその場は落ち着き『椿結婚疑惑事件簿』はひと段落を迎えた。



解散とばかりに足早に下位達が離れていくと、その場に残った#変換してください#と椿はラウンジのソファへと腰掛けた。


時刻は八時二十分を過ぎたところだろうか。思ったより時間は経っていたいようだが
もう心も身体もヘトヘトだった。
柔らかいソファの背もたれに寄りかかると#変換してください#はふう、と一息ついた。
そんな疲れた様子の#変換してください#を見て、テーブルに頬杖を付きながら椿が言う。


「お疲れ様、びっくりしたね」

「びっくりもしたけど…そんな風に思われてたんて、恥ずかしいわ」

「えー、そう?僕とそう見られるのって嫌?」

「嫌って訳ではないけれど。でも、やっぱりそういうのとは違うでしょう……?」


#変換してください#の言葉に椿は口の端を上げながら不敵な笑みを浮かべ、問いかけた。


「でも、みんなもああ言ってるし……本当に、結婚しちゃう?どう、#変換してください#?」

「もう、ふざけないの!」


と椿を睨んだが、当の本人は笑いながら「ごめんごめん」と反省していない様子だ。
そんな椿の笑顔に#変換してください#もついついつられて微笑み、許してしまうのだった。


大切な人との、暖かく眩しい位に幸せな時が流れる。


そして刹那に雪は、こんな平和で穏やかな時間が少しでも長く続けばいいと
そんな有り得ない奇跡を願わずにはいられなかった。


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