05| 恩寵を君に
「……え?」
椿からの一言に、#変換してください#の思考が一瞬にして止まった。
「こうして一緒にいられるのも、久しぶりでしょ?だから、一緒に……。」
「な、何を言ってるの?!」
抱きとめられていたままでいた椿の腕の中から咄嗟に顔をあげる。 カーっと頬に赤らむのを感じた。頭に急に血が上ったせいか、頭がクラクラする。 バッっと椿から距離を置こうとするが、椿が抱きしめていた腕を離さなかった為それは未遂となる。
「なんでそんなに拒むの??!昔は一緒に寝てたでしょ!?」
「あ、あれは!!非常事態だったからであって!!!わ、私はシスターなのよ?!」
拒まれた事がショックだったのか、椿はショックだと言わんばかりの表情で#変換してください#の顔を覗き込みながら話を進める。 #変換してください#は#変換してください#で口から言葉が溢れ、上手くしゃべることができない。 言いたい事はたくさんあるが、その言葉の整理が唇の動きに追いつかずパクパクと口だけが動いた。
修道者は普段から禁欲的な生活を送るよう心がけているのだ。 そんなシスターが異性と同じベッドで寝るなんて……言語道断だ。 椿もそれが分かっているはずなのにも関わらず、とぼけたように聞いてきた。
「シスターだと何なの?僕と寝ちゃいけないの?」
「ダメに決まってるでしょう!!異性と同じベッドで寝ているシスターなんて追放ものよ?!」
「結婚してるシスターもいるんでしょ?なら、問題ないじゃない。」
「あれにも、色々決まりごとがあるの!期間が決まってたり……。とにかく、私はダメなの!」
椿から離れようと身体を押し返してみたが、椿がそれを素直に許すはずもなく 中々離してくれない。むしろ、抵抗すればする程引き寄せようとする為その密着率はあがっているような気がする。
「ちょっとくらい大丈夫だよ。現に今、いい感じだったでしょ?」
「いい感じでも何でもない!ちょ……ちょっと寝転んでじゃれあってただけでしょう……?」
「じゃあ、その延長戦で…ね?何もしないから!ただ一緒に寝るだけ!」
お願い……とすがるような表情で目を覗き込まれ、見つめられる。 私はこの椿の目が苦手だ。これをされると突き放すことができない……。 椿もそれが分かっていて、こんな事をしてくるのだ。 分かってはいる…分かってはいるのだけれど……。
主よ…お許しください。 困っている者には手を差し伸べる、ですよね?
そう心の中で神へと許しをこいた。 相手は家族同然の椿なのだ……。異性としてカウントされないだろうと 勝手に自分の中でのルールを決めると一人で納得する。
「本当に寝るだけよ…?もし、変な事しようとしたら椿とはもう口聞かないから……。」
「うん!……ありがとう。」
にこりと今日一番の笑みを浮かべた椿を見て溜息をつく。 なんだかんだいつもこうして椿のワガママを甘んじて受け入れてしまっている自分がいる。 ……ダメね、と落胆しながら二人でベッドへと身体を沈め毛布を被る。 #変換してください#に与えられた部屋のベッドはダブルベットのようで二人で寝るには充分の広さだった。
にも関わらず、椿はべったりと距離を詰めてきた。 そして、先ほど忠告したばかりだと言うのに椿はそのままぎゅっと#変換してください#を抱きしめた。
「つ、椿っ!言ってる側から!!」
「んー?こうした方があったかかいでしょ?#変換してください#が寒いといけないからさ……温めてるだけだよ?」
「……っ」
向かい合って抱きしめられている為、耳元で囁かれた声がくすぐったくて、びくりと反応する。 椿の事だから、わざとこんな事をして反応を見て楽しんでいるに違いない。分かってはいても思わず身体が反応してしまう。
案の定、椿はその様子を見てクスッ、と小さく笑う。表情は直接見えないが吐息が耳に触れる。 それがまたくすぐったくて、#変換してください#は首をすくめた。
すると次は、布団の中で#変換してください#の足に椿が足先を絡めてきた。 その絡め方がまた肌をなぞるようで、ゾクゾクと背筋を這う感覚に襲われる。 鳥肌がたち、その何とも言えない感覚に耐えられなくなった#変換してください#は思わず目をギュと閉じる。
そんな行動で人をからかっておきながら、当の本人は何事もなかったように 寝る体制に入っている。 その態度にムッとすると#変換してください#は椿の方を向き直し、再び忠告する。
「ちょっと…椿!」
「なに…?眠れないの?」
「いい加減にしないと、本当に怒るわよ。」
「何の事?」
「椿っ!」
少し強めに睨むと、椿はようやくはいはい、と抱きしめていた手を緩めた。 それでも完全に離れようとはせず、今もまだ椿に腕枕させているような状況だ。 もう少し離れて欲しいが、それを言ったところでこれ以上は離してくれないような気がした。
「……ごめんごめん。男と寝るのを簡単に了承しちゃうからさ、からかってみたくなって」
ふう、と椿は呆れた様子で溜息をついた。 椿の言うことも一理あるが、これは相手が椿だからだ。
「異性とは言っても…椿はその……もう家族みたいなものだから」
「そうだけどさ、安心されすぎるのも何かなあ……まあ嬉しいけど。もし、これが僕じゃなかったらどうする気なの?」
「椿じゃなかったら、こんなこと許すはずないわ。」
「ふーん。」
その返答に満足したのか否か、椿はそう返答すると少し微笑んだ。 そして、そのまま#変換してください#の頭を優しくなでると指で髪をすいた。 その行動一つ一つが絵になっていて、思わず見とれていた。 少し会わない間に椿も少し大人っぽくなって気がする。 吸血鬼なので見た目にあまり変化はないはずなのだが雰囲気が少し変わったような気がした。
……私もあれから、何か変われたのかな。
そんな自問自答をしたが、考え付いた答えに少し虚しくなった。 考えるのを止め、いい加減寝ようと気持ちを切り替えた。
「もう私は寝るわ。椿も大人しく寝ないのなら、自分の部屋に戻って」
「はいはい、僕ももう寝るよ。……おやすみ、#変換してください#」
そうつぶやくと、また距離を詰めて#変換してください#の頭を自分の胸元に優しく引き寄せてきたが言葉通りもう大人しく眠りにつくようだ。 その様子に#変換してください#も抵抗する気もなくなって、甘んじてただそれを受け入れた。
椿が大切に思っているように、私だってあなたの事を大切に思ってる。 いつだってあなたの一番理解者であり、守ってあげたいと思う。
椿を守りたい。
「……おやすみ、椿」
だからこそ、私は椿の計画を止めなければいけない。
しばらくすると、椿は寝付いたのか 規則正しい静かな寝息が聞こえてきた。 だが、抱きしめられた腕から力が抜けてくる訳もなく、今もまだ椿の腕の中だ。 ふわりと昔から覚えのある椿の匂いに包まれて、とても安心する。 伝わる体温も心地よくて、うとうとと睡魔に襲われた。
このままこんな静かな時間がずっと続けばいいのに…。
#変換してください#は自然とそんな風に思った。
でも、それは本当に椿の為になるのだろうか。 私は本当に椿を止める為べきなのだろうか。 その行動で彼を傷つける結果になるとしたら……?
迷っている暇なんてない。 あんなに考えてようやく決心することが出来たのこんなところで揺らいでしまうなんて……。 私はどうするべきなの?……先生。
懐かしいその姿を思い浮かべると、ちくりとまだ胸が痛んだ。 時間は経ったとはいえ、まだあの人を失った傷は完全に癒えていないのかもしれない。 でも、もう先生はいないのだ。 私が決めないと。
そう改めて決意した時に、ふと とある一人の人物の姿も思い浮かんだ。
……彼ならどんな選択をするのだろうか。 きっと彼なら、昔のように私の話を聞いて、相談に乗ってくれるような気がする。 それに、聞きたいこともたくさんある。 椿の話では彼もこの東京にいるというし……。
久しぶりに彼に会いたい。
最後に見たのは何百年前の事だろう……。 あのいつも気だるげで面倒くさがりな彼は
その懐かしい姿に少しだけ目を細めて微笑むと、#変換してください#はそっと瞼を閉じた。
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