04| 恩寵を君に
ふう、と#変換してください#は自室のベッドに腰掛け短い溜息をついた。 何に対しての溜息なのかは自分でも分からない。
教会で少し言い争いになってから、椿とは話をしていなかった。
椿が避けているのかは分からないが、あれからフロアで顔を合わせることもない。 そんな雰囲気では夕食を食べる気にもなれず、そのままシャワーを浴びて寝巻きに着替え、今に至る。 日課である祈りの時間もあった為か、時計の針は十時を指していた。 寝るには早いような気もするが、今日はなんだか疲れた。 早めに寝ようと、ベッドへ入り枕元のライトを消そうと手を伸ばしたところでコン、コン、と部屋ドアがノックされた。
#変換してください#の自室を訪ねる者は限られている。 その数名の顔を思い浮かべながら足早にドアへと近づくと、「はい」と返事をしながら扉を開けた。
「相手の声を確認せずドアを開けるなんて無用心だなあ、#変換してください#は。」
「椿…。」
「……少し話がしたいんだけど、入ってもいい?」
「ええ。」
ドアを大きく開き身を引くと、椿を招き入れた。
室内へと通された椿は、電気が消され枕元のヘッドライトしか点灯していない様子を見て察したのか #変換してください#の方を振り返ると問いかけた。
「あれ、もう寝るところだったの?」
「なんだか疲れたような気がするから、早めに寝ようと思って。」
「そうなんだ…悪かったね。」
「ううん、いいの。私も椿と話したかったから……」
そうは言ったものの、何から切り出していいのか分からず#変換してください#は、椿から目を逸らした。 そう思っているのは相手も同じなようで、少しの沈黙があった。 すると、椿はベッドに腰をかけ少し間を溜めると切り出した。
「……今日はごめんね。」
「え?」
突然の謝罪の言葉に、#変換してください#は間の抜けたような声をあげる。 それを聴いて少し椿が頬を緩めると、話を続ける。
「教会でさ、ちょっと僕もムキになっちゃったから」
「そんな……。私こそ、ごめんなさい。」
椿の言葉を聞いたら、とても後ろめたい気持ちでいっぱいになった。 居た堪れなくなり#変換してください#も素直に謝罪の言葉を口にする。
椿がどれだけ自分の事を心配してくれているのか、大切にしてくれているのかというのは昔からよく分かっている。 #変換してください#はベッドに腰掛けた椿の近くに歩み寄った。
「椿の言ってる事が正しいって分かってるから……。」
「……本当に?」
次の瞬間、椿はそう言うと#変換してください#の手を掴む。
突然の行動に#変換してください#の身体に緊張が走る。 椿はそんな反応も想定内といった感じでそのまま#変換してください#の腕をグイッと自分の方へと引き寄せた。
バランスを崩した#変換してください#の身体は受身を取ろうとする間もなく……そして、そのまま椿もろともベッドへと倒れ込んだ。 しまった、と思った時には既に椿の腕の中だった。
ドキリ、と心臓が跳ね上がる。
「大丈夫?」
状況が読み込めない#変換してください#に椿が問いかけた。
「わ、私は大丈夫だけど…!椿は?私思いっきり椿の方に倒れてしまったけど、怪我はない?!ごめんなさいっ!!」
慌てて起き上がろうとしながらまくし立てる#変換してください#を椿が抱きしめ、その動きを静止させた。 椿に抱きとめられ寝転ぶ形になる。
「僕は大丈夫だよ。#変換してください#を受け止めきれない程、やわじゃないから。」
この体勢からでは椿の表情は見えないが、頭上から優しい声音が降ってくる。 触れた肌からじんわりと相手の熱が伝わってきた。 その感覚がとても心地よくて、#変換してください#は身を任せた。 それを感じ取ったのか、椿もそれに寄り添う。
しばらくそのまま二人で寝転び、 倒れた直後はバクバクと波った心臓の音も落ち着きを取り戻し始めた頃、口を開いたのは椿だった。
「……こうしていると、昔を思い出すね。あれはどれくらい前だったかな……。」
「先生がいなくなって、すぐの頃じゃなかった?椿は一人じゃ眠れない、って甘えてきて……」
当時はそんな状況ではなかったが、思い出すと思わず ふふ、と笑ってしまった。
「笑うなんてひどいよ……。本当に辛かったんだよ?」
「ごめんなさい、それは分かってるわ。私も辛かったもの……。」
当時はあんなに辛かった思い出を、こんな風に椿と話が出来るなんて思ってもみなかった。 それだけ時間が経ってしまった、という事なのだろう。
「あの時から、ずっとね……、僕は#変換してください#を守る為に全力を尽くしてきたよ。」
「……。」
「それが先生との約束だからね。……そのせいで、#変換してください#には我慢ばかりさせてるよね…ごめん。」
頼りなさそうな声で語りかけてくる。どうして謝るのだろう……。 彼に何度も何度も助けられ、守られてきた事には違いないのに。
「もっと、#変換してください#の事を自由にしてあげたいって思うけれど、でも……。」
「……うん。ありがとう、椿。」
こんなにも自分の事を想ってくれる人がいるなんて、幸せな事だ。 抱きしめられている椿の手の甲に#変換してください#はそっと手を重ねる。 この幸せな気持ちが、感謝の気持ちが、椿にも伝わればいいのに、そう思った。 #変換してください#はゆったりと流れるつかの間の幸福感に浸っていた。
「でね……。」
少しの間を置いてから、椿が話を切り出した。 そのまま椿の返答を待つ。
「一緒に寝てもいい?」
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