03| 恩寵を君に
その後、 結局椿さんが呼びつけたホテルの出迎えの車に乗り、帰ることになった。
流れで助手席に乗った桜哉は、質のいいシートに身を任せ寄りかかる。 さりげなく乗り込む際に後部座席に乗る椿と#変換してください#にチラッと目を向けてみる。 隣通しに座ってはいたがお互い窓の方に目を向け話す気はないようだった。
普段は和気あいあいと談笑する二人だが、あの言い争いの後ではそういう訳にもいかないのだろう。 車内には重苦しい空気が流れている。 運転手は淡々と車を走らせるそんな雰囲気の中で、桜哉も例のごとく流れる窓の景色をただぼーっと眺めていた。
ものの数分で車は現在自分らが拠点として泊まっている東京ワールドツリーホテルのエントランスへと到着した。 もう辺りは暗くなっていた為正面の照明は点灯し、淡いオレンジの光で来客者を出迎える。 停車すると、後部座席のドアはゆっくりと開かれた。 助手席は手動である為、桜哉は今日の疲れを押し付けるかのように深い溜息をつきながら重いドアを一息に開けた。
車を降りるとすぐに宿泊客用の入口へと向かう。 先導していた椿は立っていたボーイを適当にあしらいつつ通り過ぎる。 その少し後ろを少し縮こまった様子で#変換してください#は着いていく。 #変換してください#はなんでも、まだこういった華やかなホテルには慣れていないようで勝手が分からないそうだ。それがそのまま態度にも出てしまっているのを見ると、こっちまで少し恥ずかしくなってくる。
エレベータに乗り込むと、そこでも沈黙の時間があり相変わらず重苦しい雰囲気に息が詰まる思いの桜哉だったが、ようやく椿らの宿泊するフロアに到着した。
エレベータの扉が開かれるや否や、シャムロックの暑苦しい出迎えが三人を待っていた。
「若!!!突然何も言わずに出かけられたので心配しましたぞ!!」
「ああ…心配かけてごめんね、シャム。ちょっと#変換してください#を迎えにね。」
と椿は返答しつつ、涙目で迫り来るシャムロックをさらりとかわした。「若…!」とまだ追いかけようとしたシャムロックだが、椿の普段よりも切り詰めた態度を察してそれ以上は何も言わなかった。
そのままスタスタとフロアの奥へと歩いていく椿。その後ろを少し遅れてついて行こうとした#変換してください#だったが、シャムロックの前で足を止めると問いかけた。
「椿の帰りをずっとここで待っていたの?」
「え…?え、ええ…まあ…。」
「そうだったの……。ごめんなさい、私の帰りが遅いから椿が迎えに来てくれたみたいで……」
「いえ…無事にお帰りになられたようで、何よりです……。」
と、しどろもどろに答えるシャムロック。 どうやらシャムロックもまた、#変換してください#の扱いに戸惑っているようだった。 多方、いきなり現れた#変換してください#の存在にあまりいい気はしていないようだが、椿さんの手前そう言える訳もなく素直に従ってりうフリをしている…といった感じだろうか。
その後も一言、二言会話をすると、#変換してください#もまた椿の後を追いフロアの奥へと足を進めた。
すると必然的に残るのは二人になる訳で……。
シャムロックはキッと桜哉の方を睨みつける。 やはりこうなるか……。最初にシャムロックを見た時からこうなる予想はしていた。
「おい!護衛訳のお前がしっかりしていないから、若のお手を煩わせる結果になったんだぞ!!分かっているのか?」
「はいはい、すいませんね。」
「茶化すな!!真面目に聞け!!」
適当にあしらいながら通り抜けようとするが、桜哉の進行方向に立ちふさがる。 流そうとしていた桜哉だったが、いい加減苛立ちを感じる。 無理矢理護衛訳を押し付けられたあげく、教会まで歩かされるわ、椿さんには怒られるわで 桜哉の疲れはピークに足していた。
「じゃあ、お前が護衛訳やればいいだろ。」
と、的を得たセリフを言うとシャムロックは言葉に詰まった。 その隙をついて桜哉はかわすと、歩みを進めた。 後ろでまだシャムロックが何か叫んでいるような気がしたが桜哉はそのまま自室へと戻る。 もう今日は、疲れた。
長かった一日を振り返りながら、そのままベッドへ倒れ込む。 もちろんこのまま眠るつもりはないが、少し頭を整理させたい事があった。
突然来日してきた彼女。 #変換してください#は椿さんをどうするつもりなのだろうか。
椿さんの目的を知っているのか? 止めるとしてもどうやって? なぜ、止めようとしているのか……
頭を働かせてみたが、分からないことだらけだった。 そんな考えまでも見越したように、焼き付いたあの時の彼女の微笑みが 桜哉の脳裏にふと思い出された。
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