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33| 恩寵を君に



ブブブ、とジャージのポケットに入れていたスマートフォンが震えたことに気がついた真昼は、敷布団を敷いていた手を止め、それを取り出した。画面を開くと見慣れないアドレスからのメールを受信した事を知らせていた。広告のメールかと思いながらもメールの画面を開くと真昼の目に飛び込んで来たのはメールの一文目に書かれた『 #変換してください#です。』という文字だった。


「 #変換してください#……って」



#変換してください#と言われて思い浮かぶ人物と言えば思い当たる人物は一人だった。
数時間前に出会った、クロの知り合いらしき人物。
彼女に会ってからクロの様子は少しおかしかった。



現に今もまだ、クロは真昼達の宿泊している白ノ湯温泉の宿には戻ってきていない。




探しにいこうかと何度も思ったが、居場所の特定出来ていない人物を探すなんて事は無謀だ。
加えてもしもクロが猫の姿になっているとすれば更に困難なものとなる。別れ際、限界距離は保つと言い放った通り主人である真昼の身体には異常は起こっていない。待つことしか出来ないのは歯がゆいが、それが今出来る唯一の選択だと信じて真昼はただ待つ事を選んでいた。

バッとスマートフォンの画面に食いつくと、真昼は #変換してください#からのメールの文面を読み進めた。




#変換してください#から届いたメールに書かれていた内容を簡単にまとめると


俺に何か頼みたい事があるようで、
出来れば2人きりで話がしたい、というものだった。


突然の提案に混乱する部分もあるが、これは真昼にとっても願ってもみない誘いだ。
#変換してください#には聞きたいこともたくさんある。

一点引っかかった事と言えば“二人きりで話がしたい”というものだ。クロと接点があるのにも関わらず、まだ会ったばかりの自分をあえて選択する意図が真昼には見当もつかなかった。#変換してください#の情報がない以上、考えれば考える程自然と警戒心と不安は増していく。

相手は吸血鬼なのかもしれない。

しかし、そんな事を言っていたらキリがない。何よりじっとしているよりかは何か行動している方がマシだという結論に至った真昼はスマートフォンを指でなぞると返信のメールを作成した。


「送信…と」


差し障りのないシンプルな文面で返信を済ませると、真昼は敷いたばかりの敷布団にごろん、と寝転んだ。ふと隣に敷いた布団に目を移す。いつもこの時間なら布団で寝転びだらだらとゲームをしているクロの姿が脳裏に浮かんだ。


……クロは今どこにいるのだろうか

数時間前のクロの後ろ姿が目に焼き付いたまま離れない
なぜ、こんな事になってしまったのだろう
あの時どうしていたら正解だったのだろうか?

もしかしたら今夜は帰ってこないつもりなのかもしれない。


なぜかそんな思いに駆られた真昼の心は、言い表す事の出来ないどんよりとした寂しさと虚しさの底へと沈んでいくのだった。










一時間と少しの時間を置いてスマートフォンが震えたかと思うと、通知画面は #変換してください#からの返信が届いた事を知らせていた。


返信の内容を確認すると、『ごめんなさい、少しうたた寝をしていたようです』と言う微笑ましい謝罪から始まったかと思えば何か事情でもあるのだろうか? #変換してください#は『あまり人目につくところでは会う事は避けたい』と申し出てきた。


「人目に付かず、二人きりになれる場所……ねえ」


単語だけ抜粋すると、なんとも偏った方向にも取れるものだが
真昼は至って真面目に首をかしげ頭を働かせる。


そして、シンプルに考えて…といつもの彼の口癖から続いた結論は
真昼とクロの暮らしているマンションで会うのが手っ取り早いという事に落ち着いた。




あの家を突然訪ねてくる人など数える程しかいないだろうし、こうして白ノ湯温泉で世話になっている今でもたまに掃除をする為に帰っている事を踏まえれば当日の口実にも困らない。あそこならば邪魔されることなく、静かに話し合うことも出来るだろう。
そう確信した真昼は、さっそくその提案を #変換してください#に向けて送信すると #変換してください#からも『あなたがいいのなら…』ということで了承をもらった。


その後は夜分遅いこともあり、手短にマンションの住所と時間を指定するとメールのやり取りはひと段落ついたのだった。









スマートフォンを適当に枕元へと手離すと、真昼は小さく溜息をつく。

突然の #変換してください#からのメールから始まり、なぜか明日二人で会う事にまで話が進んでしまった。そうと決まれば、 #変換してください#に指定した時間よりも早めに家へと戻って掃除でもするか…と頭の中で明日のスケジュールを簡単に組み立てる。状況が状況だが、客人として最低限のもてなしくらいはしないといけない。加えて相手は女性なのだ。失礼のないようにしないと…と眉間に皺を寄せうんうんと考えを巡らせていると、慣れていない事を考えていたせいか徐々に睡魔が押し寄せてきた。


クロが戻ってくるかもしれない可能性を考えて、あと少しの間は起きて待っていようと思う気持ちとは裏腹に真昼の瞼はゆっくりと重くなる。思い返せば今日も一日バタバタと動き回っていたのだと、どっと疲れのようなものも感じ少しクロには申し訳ないがもうこのまま寝てしまおうと睡魔の波に抗うことなく寄り添うように真昼は静かに瞳を閉じた。


明日への不安を引き釣りながらも、現状を打開するヒントを得られるのだと真昼は強く自分を奮い立たせる。
それは無理にでも前向きに捉えようとする甘い考えらから来る気休めに過ぎないが、それでも真昼は期待を胸に臨むのであった。



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