02| 恩寵を君に
#変換してください#は、椿さんを止める気でいるのか…?
そう言おうとした瞬間、 重い教会の扉が大きな音をたてて開かれた。 静かな教会内にその音がたちまちあふれる。
扉を開けたのは他でもない、椿だった。
「#変換してください#、帰りが遅いから迎えにきたよ。桜哉も、なんで連れて帰ってこないのさ。」
「私がずっと付き合わせていたの、ごめんなさい。もう帰るから」
今の話を聞かれたのかと固まる桜哉を他所に、#変換してください#は椿の方へと歩み寄る。 ごめんなさい、と少し困ったような顔で微笑む彼女に椿さんも強くは言えない様子だった。
少し離れたところから談笑している二人を見ていると、微かにだが覚えがあった。 それはたしか十数年前… まだ自分が下位として椿さんのもとに来て間もない頃だった気がする。 その初めて会った時の姿は、今目の前で椿と楽しそうに話している姿と全く変わらない美しい姿だった。
彼女は何年も…いや、椿さんの話だともう何百年と時間が止まったままなのだろう。 自分が生きてきたこの数年だけでも、呆れる程の時の流れを感じていたが、 彼女はその何倍もの時間を通り過ぎて、その何倍もの絶望を経験したのかと思うと想像を絶するその時間の重みに気が遠くなる。
ふと、自分への視線を感じ取ったのか、#変換してください#と目が合った。 そこでようやく考え事をしていた間見つめていた事に気付いた。 彼女はまた柔らかい微笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、帰るって言ってたのに話し込んでしまって。帰りましょう」
「もう外も暗くなってくるから車で…って、あれ……?二人はここまでどうやって来たの?」
と椿は桜哉の方に向きなおす。それもそうか、今は護衛役として俺が付いてるんだから その管理も当然俺にあるわけなのだが…
「いや…それが徒歩で…」
「徒歩?ずっと歩いてきたの?車呼んでいいって言ったのに」
少し問い詰めるような口ぶりで椿が言う。 最初に言われた椿さんにとって大切な人、というのも冗談ではないのだろう。 相当大切にしているようだ。
「私が久しぶりに日本の町並みを見たいって彼に無理を言ったの。」
#変換してください#に前に来られ、一瞬ひるんだ椿だったがすぐに反論する。
「#変換してください#、昨日も説明したと思うんだけど…今の日本、特にこの東京は危ないってあれほど説明したよね」
いつものふざけた様子から1トーン下がった椿の声音に、背筋がひやりとする。 いくら反抗しようとしたところで心の奥ではこの椿を恐れているのだと、 逆らえない、と本能で感じる。 しかし、#変換してください#はそんな椿にも臆することなく、あくまで凛とした態度だった。
「それは分かるけれど…。でも、この国ははいつだって、どんな時だって私にとって大切な思い出のある国なの。あなたにとってもそうでしょう?」
「……。それとこれとは話が別だよ。とにかく危険だからあまり人目につく行動は避けて。いいね?」
「椿…」
「とにかく、……もう帰ろう。まだ言いたいことがあるなら向こうで聞くから。」
「……はい。」
珍しく苛立ったように、まくしたてると椿は踵を返した。 スタスタと一足先に教会を後にすると、その姿は夜の闇へと溶けていった。 あの人、こんな怒り方もするのか…と呆然としていると、隣から声をかけられた。
「桜哉?」
「え?…ああ、なんでもない」
「椿もああ言ってるし、帰りましょう。ごめんなさい、私のせいであなたまで怒られてしまって。」
「別に。次から気をつければいいだけだし……」
「そうね。次からは椿に見つかる前に帰るようにしましょう。…椿が出かけたらすぐ出るようにすれば……」
驚いた。どうやら反省していないらしい。 また徒歩でここまで来るつもりでいる。 あの椿の態度を見た後にこれだけの発言ができるなんて…本当に何者なのだろうか。
拍子抜けする桜哉を他所に 「早く行かないとまた椿に怒られちゃうわよ?」と彼女が微笑む。 桜哉は#変換してください#に手を引かれ、歩きだした。
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