27| 恩寵を君に
足を止めようとせず、どこへ向かっているのかも分からない彼の後ろ姿を見ながら#変換してください#は必死に歩いていた。歩いている、というよりも先導している彼に引っ張られているという表現の方が今の状況を表すには適切なのかもしれない。しかしそれも限界がきたようで、#変換してください#の息はあがり額には汗が滲み始めていた。
「アーチャー……、く、クロ!」
「……何だ。」
彼…クロは、返答はするものの歩く速度は変わらず振り向く事もしなかった。その行動を少し寂しく感じながらも#変換してください#は訴える。
「…手、少し痛いわ。」
#変換してください#が控えめにそう言うと、クロは握っていた#変換してください#の右手から少し力を抜いたかと思うとその手を離し、徐々に歩く速度を緩め立ち止まった。少し早まった鼓動を落ち着けようと左手を胸に当て、#変換してください#は呼吸を整える。
あれからどれくらい歩いただろうか? 主人との限界距離の事もある、きっとそれ程離れてはいないのだろうが#変換してください#にとっては長い時間のように思えた。
クロの今の主人である少年……真昼と離れた後も、何度か声を掛けたが彼はずっと無反応のままであった。ただただ何も言わず歩いていく彼の背中がいつかの姿と重なり#変換してください#の胸を締め付けた。 ようやく#変換してください#の身体も落ち着きを取り戻したところで、周りを見回してみるとそこは小さな公園の一角ようだった。
カラオケ店のある大通り沿いの位置関係から察するに、やはりさほど大した距離は歩いてないようだった。オフィスやホテルなどの高層ビルが立ち並ぶこの都会の真ん中に、人の手によって無理矢理自然を取り込もうとした結果、こんなアンバランスな小さな公園というものが出来たのだろう。
公園、と言っても遊具のようなものはなくただ散歩や簡単なランニングができるようにコースラインが地面に描かれている。綺麗に整備された芝生が辺り一面を覆い、広間の橋には一定の感覚でベンチが設置されていた。 普段はオフィスビルで働くもの達が昼食の際にやって来たり 近所の住人が少しの運動がてらに利用する程度のものなのだろうと、(名前)は勝手に想像した。
夏になり日が伸びたとは言え太陽も傾き暗く影のかかってきた公園に立ち寄る者は少なく、#変換してください#とクロの姿以外に人影はなかった。そのせいか大通りを走り抜ける車の音が際立って聴こえる。 さわさわと風が吹く度に木々の葉が擦れ合い景色が揺れる。
一幕の静寂の後、沈黙を破ったのは#変換してください#の一言であった。
「なぜ、私をかばったの?」
「……かばった訳じゃない。いちいち説明するのが面倒くさかっただけだ。」
「嘘。……あなたも先生も、いつも他の真祖達や吸血鬼から私を遠ざけていたもの。」
クロからの返答はない。しかし、これは事実だ。真祖からだけではない。他のすべてものから#変換してください#は遠ざけられ、時代から切り離されて生きてきた。それは#変換してください#を隠す為であり、そのおかげで#変換してください#は守られてきたのだ。
しかし、その対価として先生とクロは多くのものを失ってしまったのだ。
「あなたにずっと会いたかったわ。たくさんあるの、あなたに話したい事も、聞きたい事も……。」
「……。」
何も答えず沈黙したままの彼に、#変換してください#は問いかける。
「ねえ、クロ……」
「#変換してください#、お前なんで日本にいるんだ?」
「え?」
しかし、先に疑問を口にしたのはクロの方だった。 くるりと#変換してください#の方を振り返ったかと思うと畳み掛けるように話を続ける。
「椿に連れてこられたのか?じゃあいつから日本に……」
「ま、待って!そんなにたくさん聞かれても……。」
「#変換してください#、お前はもう椿に関わるな。」
話の最後にクロはハッキリとそう言い切った。
真剣なその眼差しに一瞬言葉に詰まる#変換してください#だったが、それを承諾する訳にもいかない。 #変換してください#は素直な今の気持ちを口にする。
「……ごめんなさい、あなたからのお願いだとしてもそれは出来ないわ。今の椿を一人にはしてはいけないの」
「#変換してください#がいなくても、下位吸血鬼がいるだろ……?C3の奴らだって椿を止めようとしてる。お前じゃなくても……」
「私でなければならないの。」
#変換してください#はクロの瞳を真っ直ぐに見据えてハッキリそう言った。 首に下げてあるネックレスの先に取り付けられた十字架を胸の前で強く握りしめる。
「いえ……少し言い方が違うかもしれない。私が椿を止めなくてはいけないの。」
「椿を止める?」
「椿はこれからやろうとしている事……それを止めなくてはいけない。でも、私だけの力では止められないかもしれない。だから、あなたを探していたの。」
#変換してください#は一歩クロとの距離を詰めると、クロの顔を見上げて懇願した。
「お願い、力を貸して。椿を止めたいの。」
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