novel | ナノ


25| 恩寵を君に


あまり思い出したくないものだった。
しかし、#変換してください#の意思とは裏腹に殺伐としたモノクロ写真が連続して脳内に映し出されるように記憶が蘇る。

椿との買い物の帰り道。
静まり返った家の中。居間へと足を踏み入れるとツンと鼻をつく異臭。
居間へと足を踏み入れると目に入ったその光景に#変換してください#は言葉を失う。
飛び散った血痕がその惨劇の悲惨さを物語っていた。

そして最後に見た黒い獅子の後ろ姿、それは見間違えるはずもない。
彼、スリーピーアッシュのものだった。



#変換してください#にとって世界の中心であった先生を失ったその時の喪失感は
他に例えようのないものだった。
すべてを失い、これから自分はどうすればいいのか。
どうやって今まで生きてきたのか。
自分の在り方すら分からなくなってしまっていた。


そんな自分の手を引いてくれた椿。
椿の為にも自分がしっかりしなくては、と自分を保っていられたのだ。


思い出したその光景に胸が詰まるのを感じる。息苦しい。
頭の奥でどくどく、と動脈の流れる感覚が強くなっていくのを感じる。



「#変換してください#、さん?大丈夫ですか…?顔色がよくないけど」


「大丈夫よ。ごめんなさいね、どうしたのかしら……。」



心配した様子で真昼が問いかけてきたが、#変換してください#は薄く笑みを浮かべた。
クロは黙ったままそれを見守っている。


平静を装ったところできっとクロには見抜かれているのだろう。



「それで、あの……」



真昼が恐る恐る口を開いたが、その質問は果たされず未遂で終わることとなった。
真昼が背を向けていた、背後にあった自動ドアが開くと数名の人物がこちらへと歩み寄ってきた。



「おい、城田。そこで何をしているんだ?」


「あ、御園……いや、それが……。」


「受付はもう終わってしまいましたよ?……おや?」



そう話しかけてきた二人組の小さな少年とスラリとした背の高い男性は#変換してください#の存在に気が付くと足を止めた。



「おや?そちらの女性は……」


「どうしたリリイ。お前も知り合いなのか?」


「え…?ああいえ……でも、どこかでお会いした事のあるような……。」


真昼の問いかけに、顎に右手を添えて首を傾げるリリイと呼ばれた男性。その仕草と甘い顔立ちには見覚えがあった。
彼は確か



「オールオブラブ……。」


「なぜ、それを……?」



考えていた事が口をついて出てしまった。色欲の真祖であるオールオブラブ。真昼からリリイ、と呼ばれていた事から彼の今の名前は“リリイ”なのだろう。
不安そうにするリリイの姿に隣にいた紫色の髪をした少年がきっとこちらを睨んで問いかけてきた。



「…貴様、何者だ?」


「私は……。」





必然的にその少年と向き合う形になったが、その視線を遮るようにスリーピーアッシュはスっと身体を割り込ませてきた。突然#変換してください#の目の前へと現れた背中に一瞬ひるみ、目をぱちぱちと瞬かせる。



「もういいだろ……ほっとけよ。」


「何のつもりだ貴様。そこをどけ」


「コイツは関係ない。……行くぞ」


「あっ…」


「お、おい!クロ!どこに行くんだよっ!?」



#変換してください#の右手を引いてズンズンと歩いて行ってしまう彼。大きなその歩幅に上手く合わせる事が出来ず、#変換してください#は思わず転びそうになるのを堪えながら小走りのようにその後を追う。背後からは、あの少年と真昼の叫ぶ声が聴こえる。
するとスリーピーアッシュは歩く速度は変えずに、淡々と答えた。



「適当にコイツを送ってくる。……限界距離は保っててやるから真昼も適当に帰れ。」


「えっ?!せっかく今来たのに…おいクロ!!説明しろって!」


「あ、えっと…クロ?いいの?」


「いいからお前は来い……。」



やがて、足を止める気がないスリーピーアッシュの姿に諦めがついたのか、
彼等の声は聞こえなくなった。



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