novel | ナノ


24| 恩寵を君に


「あら、椿。どうかしたの?」

淡い桃色の着物を身に纏い縁側に腰掛ける#変換してください#は、艶やかに伸びた金髪をふわりと揺らし振り返った。
ただ座っているだけなのにその姿、仕草一つ一つがとても完成された透明感のある美しさのようなものが伺える。
椿はそんな#変換してください#の姿に目を離すことも出来ず、ふらふらとした足取りでそのまま歩み寄る。




「少しふらついているみたい。まだ体調が安定していないみたいね……大丈夫?」


「うん。#変換してください#はここで何していたの?」


「天気もいいからお花達に水をあげていたのよ?」


「へぇ。」



すっと視線を前方に向ける#変換してください#に続き、椿のその視線の先を追うと#変換してください#の言葉通り少し湿った地面の色が見て取れた。栽培されている植物の葉についた水滴が太陽の光を反射してキラキラと宝石のように輝いていた。この先生と#変換してください#、そして今は椿も暮らしている庭先に植えられた植物達はずっと昔から#変換してください#の手によって大事に育てられているようだ。#変換してください#も普段は家事を済ませてしまうと、する事があまりないらしくそんな時には専らこの庭先の手入れをしている事が多かった。今日も家の中に#変換してください#の姿がない事に気付き、ここへと足を運んできてみれば案の定#変換してください#がいたわけだ。


椿は縁側に腰掛ける#変換してください#の隣までいくと、その隣に腰を降ろした。


「もうすぐ桔梗の花も咲く頃ね、楽しみだわ。」


「ふーん。」




すぐ目の前に植えられた桔梗は、確かに大きく蕾を膨らませていた。
あと2週間もしない間に綺麗に咲き誇ることだろう。
椿はそれをぼーっと眺めていると左隣りの#変換してください#が顔を覗き込んできた。



「やっぱりあまり顔色も優れないみたいね。横になっていた方がいいんじゃないかしら?」


「でも、寝るのはもう飽きたよ。」


「じゃあ、せめて横になったらどう?ほら」



そう言うと、#変換してください#はぽんぽんと自らの膝を軽く叩く。ここに横になれと言う事だ。
俗に言う膝枕というものだが、少し気恥かしさを感じて椿はためらった。
しかし、ここで横にならなければきっと元いた布団まで連れ戻されてしまう。それは嫌だ。
周囲を見渡し誰もいない事を確認するとしぶしぶそれに甘えた。


#変換してください#の膝へと頭を載せると、そこから伝わる柔らかい太ももの感触とふわりと香る#変換してください#の香りに椿は自然と少し胸が高鳴るのを感じた。#変換してください#と目を合わせるのが気恥ずかしくて、顔は横向きに縁側先の植物達へと向き合う形になる。
少しの沈黙が流れ、そよそよと風が頬をなでる。



「椿の花も今はもう咲いていないけれど元気に育っているわよ。」


「もう来年まで咲かないの?」


「そうね。ここの椿達は早咲きのものだから、また冬頃に花開くんじゃないかしら。」



ふっと#変換してください#の笑ったような気がして、椿は横に向けていた顔を上の方へと向け#変換してください#の顔を真正面から捉える形になる。
上から椿の顔を覗き込む#変換してください#。
垂れてくる綺麗な金髪が太陽の光に照らされて眩しく輝き、優しい笑みを浮かべ#変換してください#は椿の頭を撫でる。
その手のひらから伝わる優しさに、椿はうっとりと瞳を閉じる。
すると、先日から続いていた頭の奥のぐらぐらとする感覚が僅か和らいだ気がした。




「ねぇ、僕に“椿”って名前を付けたのって#変換してください#なんだよね?」


「ええ、そうよ。」


「この名前を付けたのって何か意味とかあったの?」


「それはね……。」



かた、と縁側の床板が軋むような音が聞こえ、椿は閉じていた瞳を開く。
すると、その音の先には先生が立っていた。



「おや、椿。こんなところにいたのか。体調の方はもういいのかい?」


「うん、大分よくなってきたよ」


「そうか。それにしても、随分と羨ましい光景だね。」


#変換してください#に膝枕されたまま、逆さの視界から先生を見上げていた椿を見下ろして先生は言う。
椿はその姿勢を崩さぬまま答える。



「先生もやってもらえば?膝枕」


「そうだね、ぜひともお願いしたいものだ。」


「ふふ、じゃあ先生は後で。研究にひと段落ついた頃にでも」


「それは楽しみだ。研究が捗るね。」



#変換してください#と先生は顔を見合わせ、ふっと笑みを浮かべる。
それを見ていた椿はちょっとした疎外感を感じる。
やはりこの2人の間には強い絆のようなものがある。
どんなに一緒に暮らしていても、壁のようなものを感じていた。




いいなあ、羨ましい。




そんな感情が浮かんだが、それは先生に対してなのか。
はたまた#変換してください#に対してのものなのか、椿には分からなかった。








ふっと目を覚ますと、ぼやけた視界が開け見慣れたホテルの天井が見えてきた。
ぱちぱちと二回ほど瞬きをしてみれば、頭もようやく追いついてきたようで
自分がいつの間にか眠っていた事に気がついた。


ぼやける思考のまま、部屋を見渡せばここは自室ではなく#変換してください#の部屋だと言う事を思い出す。
桜哉との話が終わり、自室を後にした椿はその後#変換してください#の部屋を訪れた。
#変換してください#が部屋にいない事は知っていたが、他に行く宛もなくそのまま#変換してください#のベッドで横になっていたのだが
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
あれからまだ1時間も経っていない。

しかし、随分と長い間寝ていたような感覚だった。
それは懐かしい夢を見たことに起因しているのかもしれない。

あれは先生と#変換してください#と共に日本の研究室で暮らしていた時の記憶だ。




「そういえば結局、まだ聞けてないままだったな……僕の名前のこと。#変換してください#が帰って来たらもう一度聞いてみようかな……。」



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