23| 恩寵を君に
懐かしいその姿に、#変換してください#は少し興奮気味に頬を赤らめ目を輝かせた。 それもそのはず。あんなにも会いたいと思っていた彼に再会できたのだから。
「アーチャー!アーチャーよね?まさかこんなところであなたと出会えるなんて……!」
「#変換してください#……、お前なんでこんなところに……。」
そう驚いた様子で問いかけてきた彼の顔をもう一度よく見つめた。 真っすぐに伸びる癖の少ない澄んだ青空を連想させる綺麗なブルーの髪も、吸血鬼の特徴である鮮やかな真紅の瞳も、ぼんやりとした眼差しの下に残る隈も、間違いなく#変換してください#のよく知る彼であると確信する。 相変わらず猫背気味な姿勢は治っていないのだと気付き、思わず微笑んでしまう。
最後に会ったのは何百年前の事だろうか? 昔一緒に過ごした暖かい思い出を思い出し、なんだか目頭が熱くなるのを感じた。
「おい……、感傷に浸ってないで答えろよ、#変換してください#。」
そんな#変換してください#の様子から察したのか、彼は先ほどの問へと答えを催促してきた。 はっと、現実に戻され#変換してください#は口を開いたが、それは第三者の介入によって遮られる。
「おいクロ……知り合いか?」
先ほどの活発そうな短髪の少年が声をかけてきた。 その声にハッとしたのは彼の方で、声をかけて来た少年の方へと視線を向けるとバツの悪そうな表情を浮かべ視線を泳がせた。
「いや……別に…」
「なんで隠すんだよ?珍しいな、クロと知り合いだなんて……って、もしかして……吸血鬼…?!」
コロコロと忙しそうに表情を変える少年の様子に目を奪われていると、彼の口から出た“吸血鬼”という言葉に#変換してください#はぴくりと反応した。
この少年は、吸血鬼について何か知っているのだろうか? それに先ほどからスリーピーアッシュの事を親しげに『クロ』と呼んでいる。 ここまで考えて#変換してください#はある可能性に辿り着いた。
「もしかして、彼があなたの主人?」
「…………。」
スリーピーアッシュは何も答えなかったが、その沈黙は肯定を表しているようだった。 そして#変換してください#は今一度、主人であろう少年に視線を戻すとその少年もまた#変換してください#への事を見つめていた。
活発そうな茶色い短髪に、大きな瞳をぱちくりと瞬かせたハッキリとした顔立ちの少年だ。 歳は桜哉と同じくらいだろうか、彼と比べてしまうと少し幼くも見える。
「初めまして、あなたがアーチャーの主人なのね?」
「ア、 アーチャー…?」
少年は眉間に皺を寄せ、困ったような顔で聞き返してきた。 その問いに対して当人であるスリーピーアッシュが答える。 そこで#変換してください#はようやく、少年の持つ疑問を感じ取ることができた。
「ああ、コイツはそう呼んでるんだ。愛称なんだってよ……。」
「スリーピーアッシュって呼ぶのは長いでしょう?だから、最後をとって“アーチャー”」
「へぇー…海外の人の愛称のつけ方って特殊だって聞いたことあるけど、本当なんだな」
「日本でもそんな変わらねえだろ。“貴様ちゃん”……とかな」
「それは、お前だけだろ!!」
ピンとこないワードが話題にあがり、どう反応するべきかとただただ二人のやり取りを見守る#変換してください#。 少年は彼にも臆する事なく接しているように見えた。過去の彼の主人と比べると全く真逆のタイプと言えるだろう。 いい関係を築けているように見える。心なしか、彼の雰囲気からも昔程の鋭さは感じられなくなっていた。それも少年の影響なのだろうか。
テンポよく繰り返される会話に、#変換してください#は自然と笑みをこぼしていた。 こんな風に誰かと親しげに話ている彼を見るのが久しぶりだからかもしれない。 本当に懐かしい。ふと何百年も前の記憶が蘇る。 のどかな大自然に囲まれた研究室。その小さな研究室には先生と、#変換してください#……。 そして彼…スリーピーアッシュもいた。
三人で過ごしたあの静かで穏やかな時間は#変換してください#にとって大切な思い出だった。 そんな古い思い出に浸っていると、ふいかけられらその声に現実へと引き戻された。
「あ、すいません。なんか勝手に話してて……」
「いいえ、いいのよ。2人は仲がいいのね。」
「勘違いすんなよ、真昼がお節介なだけだ。」
「まひる?」
突然の単語に#変換してください#は首を傾げた。 話の流れから察すると少年の名前のようにも受け取れるが、確認の意味でも聞いてみることにした。
「えっと俺、城田真昼です。クロの主人で…って、ああ……俺はコイツに“クロ”って名前を付けた訳なんですけど…」
「クロ、……ふふ。随分と可愛らしい名前をもらったのね?」
「……。」
彼の顔を覗き込めば少し不機嫌そうな顔をして視線を逸らしたかと思うと、口を閉ざされてしまった。 からかったつもりはなかったのだが、そう捉えられてしまったようだ。
「私は#変換してください#。よろしくね、真昼さん。」
「さん付けしなくていいですよ。俺の方が年下だと思うし」
「あら…そう?桜哉もそうだったけれど、最近の若い男性は敬称を付けるのを嫌がる傾向なのかしら…?」
桜哉や椿の下位吸血鬼と再会した際も、ほとんどの者が敬称をつけて呼ぶことを拒んだ。 昔は相手を敬い、親しい相手でも敬称を付けることがマナーとなっていたのだが、時代の流れからだろうか。 現代では老若男女、砕けた関係製を築けるようになっているようだ。
しかし、そう考えているのは#変換してください#だけで 実際のところ下位である彼らの心境はボスである椿が心を許している#変換してください#に、従う立場である自分達を敬称で呼ばせることが 椿のいる手前の心苦しさからくるものなのだが、#変換してください#はそれに気付いていない。
と、考えを巡らせていた#変換してください#だったがそれは真昼の声によって遮られることとなる。
「桜哉…?今、桜哉って……」
「え…?ええ、彼の事を知っているの?」
そこで、目の前の少年…真昼の顔つきが変わるのが#変換してください#にも変わった。焦りのようなものが見て取れる。
「知っているも何も…大事な友達なんです。桜哉が今どこにいるか知ってるんですか?」
「そうだったの…。桜哉とは同じところで暮らしているわ。」
「は…?#変換してください#……まさかお前、椿達と一緒に行動してるのか…?」
突然、今まで沈黙を守っていたクロが会話に入ってきた。 彼、クロの顔からも緊迫したものを感じる。二人の様子の変化に#変換してください#も自然と身構えてしまう。
「ええ…。そうだけれど、どうかした?」
「おい、もしかしてあれからずっと、か?」
#変換してください#の目を真っ直ぐと見据え、確認するかのようにゆっくりと低い声音で問いかけてきた。 ふいに変わった彼の雰囲気に昔の影が横切ったように思えた。 黒く、深い闇を纏った彼の姿が。
『 あれから 』
彼の言うあれから、と言うのはきっと先生との出来事を指しているのだろう。 そう忘れもしない。忘れる事など出来ない、あの出来事を。
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