novel | ナノ


22| 恩寵を君に

はあ、と城田真昼は小さな溜息をつきながら、太陽も傾き、暗く影の差してきた町を歩いていた。
そしてその少し前を主人に肩車される状態で移動する傲慢の真祖、ヒュー・ザ・ダーク・アルジャーノン三世…通称ヒューと呼ばれる人物に声をかけた。



「おい、ヒュー。本当にその情報は確かなんだろうな?」


「む、我が輩の下位吸血鬼を疑うのか?」


「いや、そういう訳じゃないけど……。“怪しい奴”なんて漠然とした情報だけじゃ何とも言えないだろう?」



そう言いつつ真昼は小さく溜息をつき肩を落とした。
現在向かっているのはとあるカラオケチェーン店だ。その店舗には傲慢の下位吸血鬼がアルバイトとして働いているらしい。そのアルバイト店員からの情報でよく“怪しい人物”がやって来るというのだ。
そんな情報だけではどうにも動く気にはなれないが、それ以外に寄せられた情報などなく仕方なくといった形で真昼達はそのカラオケ店へと足を運んでいる。
徒歩でここまでやって来た一同は道中、体力の無い(無さすぎると言ってはいけない)御園は何度か立ち止まりそれに付き合い休憩を……としている間にあっという間に夕暮れ時である。


あまり大した距離は歩いてないのだが心因的なものによる疲れがとても大きく真昼にのしかかっていた。
疲れのせいか、こんな思いまでしてそのカラオケ店へと行く意味があるのかとマイナスな方へと考えがいってしまう。そんな思考をブンブンと左右に頭を軽く振り払うと気持ちを切り替え、また一歩踏み出した。



「……お、着いたようじゃのぅ。ここじゃ!」



ヒューのそんな跳ね上がる声に釣られ、視線をあげてみれば「カラオケ」「24時間営業中!」という何とも在り来りな文字が真昼達を出迎えた。一同はそこで足を止めるとそのビルを見上げる。見た目は見慣れたカラオケ店と変わるところもない一般的な外観だ。



「お?なんだ着いたのか…?」



今まで真昼の方に猫の姿で肩に乗っていた怠惰の真祖であるクロは、のっそりと閉じていた目を開き呟いた。


もう既に日は落ちかけている為、クロも人型に戻る事も出来るにも関わらず歩くのが面倒くさいという理由からいつも猫の姿で肩に乗っている。今日もそれは変わらずその状態だったのだが、ここからは話が違う。



「じゃあ、クロ。お前人型になれよ」


「はあ?なんでだよ…別にこのままでいいだろめんどくせー……」


「さっきも言っただろ?部屋までは下位吸血鬼の人が案内してくれるって話にはなってるけど、他の店員に猫姿のお前を見られて注意されたら面倒だからってさ。」

「はあ……。ったく、しょうがねえなー…」



そう心底面倒くさそうな声で悪態をつくとクロはぴょん、と真昼の肩からアスファルトの地面へと綺麗に着地し、とことこと路地裏の影へと隠れると人型になって戻ってきた。
人通りも多いこの通りで突然猫が人の姿に変身したら大騒ぎになってしまう。当然の行動だ。



「リリイも……」と声を掛けようとしたところで、御園の頭にちょこんと乗る蝶の姿のリリイを見て真昼はその言葉を飲んだ。
『リボンを頭につけている男子校生』というのも少し奇妙に思える光景だが、注意されることはないだろうと考え、この2人に関しては特に言及しないことにした。
そして、他に忘れていないことがないかを頭の中で確認し、それがないと確信すると真昼は「よし」と一息置いてから一同へと声を掛けた。



「じゃあ、とりあえず入ってみるか。」








________________________ ______ ____ _




ガチャり、と少し重みのある扉を開けてリヒトは#変換してください#の待つカラオケ店の個室へと戻ってきた。
#変換してください#はそんなリヒトへ声をかけるべく視線を向けたが、スマホを片手に部屋へと戻ってきたリヒトの表情は暗いものだった。



「マネージャーさんとの電話はもう済んだの?」


「ああ。何でも、講演中の演出を少し変えるらしいから戻ってこいと言っていてな……。」


「そうなの。じゃあ、リヒトはもう帰らないといけないのね。」



先ほどのマネージャーからの急な電話の内容と言うのは、目前に控えたリヒトの講演についてだったようだ。急に呼びつけるのだから、大事な用件に違いない。リヒトもそれを分かっているのかいつもより眉間に深く皺が刻まれている。



「……悪いな。せっかく来たのに。」


「いいのよ、講演を成功させる為でしょう?大事な事だわ。」


「そうだな……。今度また、この埋め合わせはする。」



私はいつでも大丈夫だから、あまり気にしないで。それよりもリヒトの講演が成功するように祈っているわ。」

リヒトがこの件で気に病まないようにと、#変換してください#は笑顔を浮かべた。
その意図を察してか否か、リヒトも少し表情を和らげる。



「ありがとな、じゃあ俺は戻る。#変換してください#はこのままこの部屋に残っててもいいからな。」


名残惜しそうにそう言い残すと、リヒトは近くのソファに置いていたハリネズミのゲージを手に取り足早に部屋から出て行った。
リヒトが去った事を確認すると振っていたその手を力なく下ろす。
このまま残っていてもいい、と言われたが一人で歌っているのも心もとない気がして#変換してください#は大人しく帰ることにした。


最初は同じような構造のこの建物で迷子になっていた#変換してください#だったが、一通りの順路を覚え今では一人でも歩く事が出来るようになった。個室を後にすると通路を進み、フロアの端にある小ぢんまりとしたエレベーターへと乗り込むと1階のボタンを押し、扉を閉める。ブーンというエレベーターの下降する音と少しの揺れを感じながらしばらくすると、ポーンという音と共に扉が開いた。


カウンターへと足を運び、店員へと声を掛けた。慣れた会計を済ませるとそのまま出口である自動ドアへと足を進める。


すると、ドアの丁度向こうからやって来た団体客がガラス越しに見え、#変換してください#は針路を譲ろうと少し横にずれる。センサーが反応し自動ドアがゆっくりと開くとその団体客の様子もハッキリ見えると中央にいた活発そうな少年はその#変換してください#の行動に少し頭を下げ、すれ違う。







その瞬間、#変換してください#は自分の目を疑い足を止めた。






まさか、と勘違いかもしれないと思い直してもみたが相手も同じように足を止めた様子を見ると間違いではないらしい。


過去のビジョンが脳裏に蘇り、ドクドクと心臓が波打つのを感じた。
脈打つ鼓動が頭にまで響き、視界が軽くちらつく。



「お前…#変換してください#…か?」



絞り出すように彼の口から発せられたこの声に、#変換してください#は聞き覚えがあった。
そして#変換してください#は自然と息を飲んだ。
間違いない、彼は。



「……アーチャー!」



そう感嘆の声をあげると、#変換してください#は怠惰の真祖であるスリーピーアッシュのもとへと駆け寄った。


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