novel | ナノ


19| 恩寵を君に


ガチャっと、自室の扉を押し上けて桜哉はエレベーターホールへと向かった。

喉が乾いた桜哉は散歩がてら夜風に当たりにコンビニを目指す。ラウンジに行けば飲み物くらいあるだろうし、ルームサービスもあるのだが、他人にあれこれ注文するよりも自分ですべて済ませたいと考える桜哉からしたらコンビニへ行くことの方が多かった。
慣れていない、柄じゃないと言うのもあり、あまり#変換してください#の事も言えないなと思いつつ、いつものようにラウンジを通り過ぎ廊下を歩く。
すると、一足先にエレベーターホールから出てきた人物と鉢合わせた。
その姿に、一瞬身がこわばる。


「あれ、桜哉。こんな時間から出かけるの?」


「……ええ、まあ。今帰りですか、椿さん」





桜哉に向き直ったのは背広を身にまとった椿だった。
すぐ後ろにはシャムロックが控えている。



「まあね。以外と早く終わったよ。あの人いつも話が長いからさ〜もっと遅くなるかと思ったよ。」


「はあ、そうですか。」


「ああ、そうだシャムロック。僕、車の中に忘れ物したかもしれないから、ちょっと見てきてもらってもいい?」


突然椿はシャムロックの方へと振り返り、思い出したかのように発言した。
しかし、シャムロックは僅かに首をかしげて不思議そうな表情を浮かべ答える。



「忘れ物ですか?本日は、若は何もお持ちではなかったはずでは……」


「いいから早く!ダッシュ!!」


「は、はい!かしこまりました!」



勢いに任せるように、椿はエレベータへを指差して命令すると
つられたシャムロックは慌ててエレベータへと乗り込み、ボタンを押すと扉が閉まり下降していった。

呆然とその様子を見ていた桜哉は呆れたように溜息をつくと口を開いた。



「いくらなんでも無理矢理すぎません?」

「まあいいじゃない、上手くいったんだから」

「……で、俺に何のようですか?アイツの前では話せないような事なんでしょう?」


と、桜哉は面倒くさそうに髪をかき上げると、本題へと移った。
わざわざシャムロックを追い払ってまで話す事だ。どうせ#変換してください#に関しての事だろうと桜哉は予想した。


そんな桜哉の心まで見透かしたように、椿はにやりと笑うと前触れもなく話し始めた。


「あれ、しばらくは#変換してください#に言わないでね。」


「あれってどの事ですか?」


「とぼけないでよ。見たんでしょ?」




「椿さんが、#変換してください#のスマホのGPS機能使って追跡してることですか?それとも、遠隔操作でデータを盗み見てることですか?」





桜哉はわざとらしくそう尋ねるが、椿は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
少し間をあけて椿は口を開いた。



「嫌だなあ、そんなストーカーみたいな言い方しないでよ。僕はただ、#変換してください#の事を心配してやっているだけなんだから。」

「どうだか……。もしかして、盗聴とかもしてるんですか?」

「ははっ、まさか!そこまではしないよ。#変換してください#にもプライバシーはあるだろうからね。」



ここまでしておいてプライバシーも何もあるか。と心の中で突っ込む桜哉。
盗聴もしていないと言っていたが、どこまでが本当なのか分からない。
椿さんの事だからそこまでしていても何らおかしくないのだ。


改めて敵には回したくない、と心から思い#変換してください#に同情する。





「#変換してください#は?部屋にいる?」




そう言って桜哉との話しは済んだかのように、歩き出す椿。


「たぶんそうだと思いますよ。今日の事、少し気にしてるみたいですから。」


「今日の事って?」



椿は歩いていた足を止め、くるっと桜哉の方を振り返った。
とぼけたように聞いているが、本当に忘れているのだろうか?


「椿さんがいない間に出掛けて、俺とオトギリに迷惑かけたと思って反省してるみたいですよ。」



そう答えると、「ああ、そう言うこと」と椿は呟き一人で納得しているようだった。
確かに椿さんからしてみればでホテルへ戻ってきた時には既に自室へ戻っていた#変換してください#しか見ていなかったのだから知らなくて当然とも言える。


「そういう事なら、まあいいや。大人しくしている分には問題ないからね。」


「じゃあ、#変換してください#の事よろしくね」と言うと椿は再び桜哉に背を向けると、歩きだした。
その後ろ姿をしばらく桜哉は見つめていた。


本当にあの人は何を考えているのだろうか。
ただ言えるのは、#変換してください#に対しての独占欲と見える程の執着と貪欲、そして#変換してください#の身辺に対する警戒心。
何があの椿さんをそうさせているのかは、桜哉には分からなかった。



桜哉はこの件に関しての事を胸の奥にそっとしまい、静かに開いたエレベーターへと乗り込んだのだった。



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