novel | ナノ


01| 恩寵を君に



数ヶ月前ならばもう辺りも暗くなってきたであろう夕方の五時を過ぎたところだが、
7月にもなるとだいぶ日も伸び、橙色の夕焼けが大聖堂へと差し込む。

様々な色で型どられた聖母マリアを描いたステンドガラスは輝き
教会の床を淡く彩る。

そして、聖壇に飾られた十字架の前に一人佇み
祈りを捧げる修道女の姿はその神聖な空間と飽和し
とても美しい一つの絵画のようにも見える光景だった。


ひと時の静寂。
時の流れが独特のものに感じるのは、この教会という慣れない場所に起因しているのかもしれない。


なぜ、俺はこんなところにいるのだろうか。


桜哉はこの場所に来てからもう何十回と問いかけたその一文を
今一度自分に訪ね、小さく溜息をついた。

その溜息に気付いてか、
祈りをささげていた彼女はふと、顔をあげると静かに流れるような動作で立ち上がりゆっくりと桜哉の方へと振り返る。



「ごめんなさい、退屈だったでしょう?」



柔らかい声音でそう微笑む彼女は、#変換してください#。
数日前から日本へ来日し、椿の元で匿われているシスターだ。
黒装束を身にまとい、手を組み祈りを捧げる#変換してください#の姿はまさに修道女にしか見えない。
一件銀髪のようにも見える彼女のまっすぐに伸びた色素の薄い淡い金髪は
夕日に照らされきらきらと輝いていた。

「別に。特に気にしなくていいっすよー…、椿さんからの命令だからな」

「命令だから、悪いと思ってるのよ。椿も心配症なんだから…。」


少し困ったように顔を曇らせながら、小さく溜息をついた。

詳しくは俺もしらないが、椿さんから聴いた話では
どうやら彼女は普通の人間ではないらしい。

しかし、吸血鬼でもない。
何の力もない少女なのだが、ただ






#変換してください#は、不老不死 ―ーーなんだそうだ。








椿さんからの命令と言うのも、#変換してください#の護衛の事だ。

椿さんは#変換してください#があまり外出するのをよしとしていない。
色々理由があるそうだが、一番の理由が#変換してください#が外出先で
C3や吸血鬼と鉢合わせるのを阻止したいという気持ちかららしい。
なんでも以前C3といざこざがあったようだ。
確かにC3からしたら不老不死の少女なんて絶好の監視…及び研究対象に違いない。



そういった可能性があるにも関わらずどうして今、外出しているかというと
教会へ行きたいという彼女のワガママでしかなかった。
そして、彼女の外出を許可する条件として椿さんが出したのが
下位吸血鬼の護衛を必ず一人以上は連れて行くように言うことだった。

そんな正体のよく分からない人物の護衛など
進んでやるものなど中々居らず…結局押し付けられるような形で俺が護衛役と
なっている訳だ。俺だってこんな面倒くさい事やりたくはない。
それに…


『頼むよ、桜哉。彼女は僕のとても大切な人だから。』


護衛訳を任された時に椿さんに言われた言葉が脳裏をよぎる。
あの嫌と言わせない笑顔がちらつき、胸が苦しくなる。


「大丈夫?難しい顔しているけど。」

いつの間にか眉間にシワを寄せていたようで
顔を覗き込まれた。


「別に。俺の事なんて気にしないでください。」

「でも、付き合わせて悪いとは思ってるから…」


どうやら自分のワガママに人を巻き込んでいる自覚はあるらしい。
ごめんなさい、と今日何度目かにもなる謝罪の言葉を聞いたが
おそらく教会へ来る事を諦めるという選択肢は彼女の中にはないのだろう。
そこで、純粋な疑問をぶつけてみる。


「でも、なんでここまでして教会に来たいんですか?」

「え?」

きょとん、と目を丸くし彼女は動きを止める。
なぜ、そんな事を聞くのか?といった顔だ。
まあ、そもそもシスターは教会にいるべきものだが、彼女は異例とも言える存在だろう。


「そうね……。そう聞かれると答えに困るわね…」

「……じゃあ、なんで俺は今付き合わされてんだよ…」

本音をこぼすと、#変換してください#は少し慌てた様子で応える。

「あ、ごめんなさい!協会に来たかったって気持ちは本物だから!教会にいると落ち着くというか!」

「はあ…そうですか…」

そんな事の為に俺はここまで色々考えたり、
椿さんからプレッシャーをかけられたりしたのかと
溜息しか出ない桜哉だった。

「……祈りを捧げている間だけ、私も何かの為に今生きているのかなーって実感するって言うのかな…。
あとは何も考えずにいられるって言うのもあるかも…。」


少し寂しげな表情を浮かべ、うつむきながら話す#変換してください#に少し疑問を覚えたが
深入りするべきなのかと躊躇した。

その隙に、ふと彼女が顔をあげ口を開いたかと思うと、突拍子のない質問を投げかけた。



「生きている意味ってなんなんだと思う?」

「はあ??」

「言い方と変えるなら、なんの為にあなたは生きているの?」

「……さあ。」

真意のよく分からない問いかけに桜哉は戸惑いながら適当に答えた。
その答えを聞くと彼女は満足げにはにかむと目を伏せた。


「今までたくさんの国をめぐり、たくさんの人に同じ質問をしてきたけれど
7割の人はあなたと同じように答えていたわ。」

「…じゃあ、あとの3割は?」

「自分が何の為に生きるのか、はっきり答えた人達。『大切な人を守る為』『研究を完成させる為』『後世に歴史を伝える為』…。
それぞれ一人一人に堅い意思があった…。私はそれがとても羨ましかった。」

桜哉から視線を外し、二、三歩歩くと足を止めステンドガラスを眺めながら#変換してください#は続ける。
どこか遠くを見てそう話すその姿はとても儚げだった。

「羨ましい?」

「ええ、羨ましい…。本当に。自分が生きていく為の糧になりえるものに出会い、それを全うする為に懸命に生きられるのだから。」

「……ちなみに、あんたはなんの為に生きてるの?」

つらつらと語る彼女を横目に、少し面倒くさそうに桜哉がそう問いかける。

「それを探して旅をしていたの。…椿に連れ戻されちゃったけどね。この様子じゃまだ見つけるのには時間がかかりそうね。」






「まずは、椿を止めなくちゃ」







一拍あけてからこぼれた言葉に桜哉は
はっとして#変換してください#を見ると、はぐらかすように彼女は微笑んだ。



back
top





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -