17| 恩寵を君に
「―――――そんで、このボタンを押すと写真がとれるってわけ」
「なるほど……。」
二人でソファへと腰掛けスマートフォンの使い方を桜哉から教えてもらい、#変換してください#は簡単にメモをとりながら頷いた。
桜哉のおかげでメールや電話などの基本的な操作などは理解することが出来た。 シンプルな操作方法を売りにしているだけあって、初心者の#変換してください#でもとても覚えやすいものだった。 今はその他に覚えておくと便利だという機能について桜哉から教わっている。
「それにしても、こんなに色々なことが出来るのね…驚いたわ。」
「いや、まだ全然機能教えきれてないんだけど……。まあ、とりあえず今日言った事が出来れば困らないかと思いますよ。後は慣れてきて余裕が出来てきたら覚えればいいだろうし。」
「そうね、ありがとう桜哉。」
「じゃあ、もうそろそろ夕飯の時間だし。この辺で終わるか。」
「えっ?!」
夕飯の時間、という言葉に驚き室内に飾られた壁掛時計に目をやると、時計の針は午後六時半を指していた。 桜哉が来てからかれこれ三時間程経っていた事になる。 そんなに時間が流れていたなんて信じられない、といった#変換してください#の様子を察したのか桜哉が声をかけてきた。
「スマホいじってると、時間なんてあっという間だからな」
「そういうものなの?」
「そうそう。」
まあ、それが椿さんの目的だからな、という言葉を飲み込んだ桜哉の内心など露知らず、#変換してください#はスマートフォンに今一度目をやり思いついた事をそのまま口にした。
「じゃあ、最後に桜哉の番号も教えてもらってもいいかしら?」
「…………………え」
#変換してください#からしたら、何気なく放ったその一言に桜哉は沈黙を浮かべた。 桜哉から快くは思われてはいないだろうと感じていたが、ここまで嫌われていたとは……。
「い、嫌ならいいのよ……?無理にとは言わないから!」
「あ、いや……嫌とかじゃないです。ただ、恥ずかしい話ですけど、そうやって面と向かって言われたの久しぶりな気がしてびっくりしたっていうか……。」
「そうなの?本当に…?嫌とかじゃなくて…」
「……っ!!ああああああああー、もういいです!貸してください、俺の番号登録するんでっ!!」
#変換してください#の言葉を遮るように、桜哉は#変換してください#の手からスマートフォンを奪い手際よく登録する。 少し怒ったような顔をしているが、心なしか頬が赤いように感じる。 どうやら照れ隠しのようだ。そう気付いてしまうと、今までトゲトゲしく感じていた桜哉だったが可愛く見えてしまう。
思わず笑みを浮かべる#変換してください#に気付き、余計に恥ずかしくなったのか桜哉は強引にスマートフォンを#変換してください#に押し付けると「じゃあ、俺はこれで」と勝手に部屋を出ていこうとしてしまう。
「待って!」
咄嗟に桜哉の腕を掴むと、びくりと少し肩を跳ね上げて桜哉が振り向いた。
「ま、まだ何か……?」
「えっと、今日は長い間付き合ってくれてありがとう。……またお願いしてもいいかしら…?」
「……まあ、暇な時ならいいですけど。」
視線を逸らしながら桜哉が少し困ったような表情を浮かべ気だるげに返答した。 快く、といった感じでもないが心底嫌そうな様子でもない事に少し喜びを感じた。 この数時間の間に桜哉と僅かだが、打ち解けられた気がする。
桜哉からの返答に満足した#変換してください#は、静かに掴んでいた桜哉の腕から手を離した。 そして、一歩引いて桜哉へ向き直った。
「じゃあ、またお願いするわね。」
「はいはい。じゃあ、俺はこれで……」
と言い残すと、桜哉は早々に部屋を出て行ってしまった。 桜哉のいなくなった室内はシーンと静まり返り、一人ぽつんと残された#変換してください#は小さく溜息をつくと夕食は何を食べようか…と考えを巡らせながらソファの設置されてあるメインルームの方へと戻る。 そしてテーブルに置かれた小さなスマートフォンを手に取ると 登録件数の増えた画面を見て、ふっと頬をほころばせた。
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