15| 恩寵を君に
自室で待っているようにと言われた#変換してください#は、持っていた紙袋の中身を部屋の中央に設置された小さなテーブルの上に並べた。スマートフォンの本体が入っているのであろう小さな箱を開けてみようかと手を伸ばしたが、勝手に開けてしまっても大丈夫なのかという不安に駆られて伸ばしていた手を戻した。
うずうずとする気持ちを抑え大人しくテーブルと相対するように置かれたソファへと腰掛けると、使い方を教えてくれるという桜哉の到着を待った。 椿が頼んでくれるとは言っていたが本当に桜哉にお願いしてもいいのだろうか。日本へと来てからというものの桜哉に迷惑をかけたり頼りっぱなしな気がする。
思いふけっているところに、コンコンコンと扉のノックされる音が聞こえた。 扉へと近付いて訪ねてみると「ああ、俺です。桜哉です。」と聞きなれたやる気のない桜哉の声が返ってきた。
#変換してください#は大きく扉を開くと、桜哉の顔を見て言う。
「ごめんなさい、椿から言われて来たのでしょう?」
「まあ……。教えるだけなら全然いいっすよ」
「そう?じゃあ…お願いします。」
明らかに嫌々そうな桜哉だったが、きっと椿から言われた通りにしないと後で何か言われるだろうと諦めているのだろう。そんな桜哉に頼みごとをするのも心苦しかったが、#変換してください#はぺこっと頭を下げると室内へと桜哉を招き入れた。
室内へと招き入れられた桜哉は#変換してください#からソファを勧められ、それに甘えて腰掛けた。 すると、すっとすぐ隣に#変換してください#が腰を下ろす。 向かい側にもソファがあるのに隣に座るのか?と思ったが、今日は操作の説明をするのだ。 この方が教えやすいだろう、と無理矢理納得する。
すると、すぐ目の前のテーブルに置かれた小さな箱に気付き桜哉は手を伸ばした。
「まだ開けてなかったんですか?」
「ええ、なんだか一人で開けるのが怖くて。壊れてしまったらどうしようかと……。」
「いや、まだ開封してないのに壊れるわけないでしょ……」
と呆れた声をあげながら桜哉は箱からスマートフォンの本体を取り出した。 新品の傷一つないスマートフォンを#変換してください#へ渡すと、#変換してください#は手の平におさまったそれをじーっと見つめた。 そして恐る恐る人差し指で画面に触れてみたが、特に何も起こらない。 当たり前だ。
そんな#変換してください#の様子を見て見かねた桜哉が口を開いた。
「……とりあえず充電しながら説明しますね。あと、ボタン押さないと電源つかないですよ。」
「ボ、ボタン…?えっと」
とスマートフォンを裏返したり下から覗いたりとあたふたとする#変換してください#に桜哉は「ちょっと貸して」と言ってスマートフォンを受け取ると簡単に操作方法を説明する。
「まず、このボタンを押すと電源がつきます。電源付けないと今みたいに動かないですからね。」
「え?どこのボタン?」
ぐいっと身体を寄せて覗き込んできた#変換してください#に思わず桜哉は固まる。 普段から他人とは距離を置いている為、こんなに他人と密着するのは久しぶりだった。 真昼と高校に通っていた頃なら別の話しだが、それももう前の事。 ふわり、と香る自分とは違う匂いを感じて動揺する心を桜哉は抑え込んだ。
#変換してください#から見やすいようにスマートフォンを#変換してください#の方へと差し出す。 すると#変換してください#は元の態勢に戻り2人の身体の距離は空いたが、まだ明らかに近い。 もう少し離れて欲しいところだが、小さなこのスマートフォンを見せながら説明するとなるとこれ以上の距離はお互いにやりづらい。
こんなに#変換してください#と寄り添っている自分を椿さんが見たらどんな反応をするのだろうか。
――――――考えただけで恐ろしい……。
どうか、この光景を椿さんや他の下位吸血鬼達に見られませんように…と切実に心の中で祈りを捧げた。
「……ん?」
動揺する本心を#変換してください#に悟られぬよう適当に初期設定の確認をしようと真新しいスマートフォンを操作していると、既にいくつかの項目が設定済みになっていることに気がついた。 不思議に思い、他のデータを見てみると早くもその謎は解けた。
電話帳にもうすでにただ一件、登録されている名前。
そこには、“ 椿 ”と登録されていた。
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