novel | ナノ


12| 恩寵を君に



声の正体がどこにいるのか分からず、きょろきょろと辺りを見回す#変換してください#だったが、リヒトはすぐに合点がいったようで
チッと、舌打ちをすると背負っていたリュックのを肩から下ろした。



天使の羽の形をした装飾の施された白いリュック。彼にしては随分と可愛らしい趣向だと思う。
リヒトがその降ろしたリュックを傍にあったテーブルに置くと、途端にそのリュックが小さく動いた気がした。


まさかと思い直し、じっと見てみるとやはりそのリュックは小さく不規則に揺れている。
そしてリュックの中から微かに「キュー!」とか細い鳴き声も聴こえる。
驚いて目を丸くして、言葉を失くす#変換してください#とは裏腹に、リヒトはそれに関して動揺していない様子だ。
何か生き物でも入れているのだろうか?それか、音の出るおもちゃを持ち歩いていたとしても
それがリヒトなら何だか納得してしまうような気もする。


すると、リヒトはリュックの横に付いている開閉用のチャックに手を伸ばし、ゆっくりとそれを左から右へとスライドさせる。
中身が気になる#変換してください#は少し身を乗り出し、覗き込む態勢になる。
そして、リヒトがリュックのチャックを開き終わるか否かという間髪入れないタイミングで中から顔を出したのは可愛らしい小動物だった。


「まあ!可愛らしい子ね。」


「一応、ハリネズミらしい。」


「ハリネズミ……。」


よく見るとその小動物は黒いトゲが身体を覆うように生えていた。
ハリネズミ、と聴いて一瞬考えるところがあったが、先日ホテルで見たテレビでハリネズミをペットとして飼う人が増えているという事を話していた。彼もその一人でリュックにハリネズミを入れていたという事だろうか。


それにしても、と#変換してください#は首をかしげ考えた。
ハリネズミをそのままリュックに入れているというのは、どうなのだろうか。
可愛いペットとずっと一緒にいたい気持ちは分からなくもないが、生き物は繊細だ。
ましては、こんな小さな動物となるとちゃんと管理してあげないと怪我をしてしまうかもしれない。
そう考えた#変換してください#は恐る恐るリヒトの方に視線を戻すと、問いかけた。


「この子、いつもリュックに入れているの?」


「ん?まあ…連れて行く時は大抵そうだな。普段は勝手に出歩いてるし……」


「出歩いているの?!リヒト……飼い主ならちゃんと見ていてあげないとダメじゃないの…。忙しいならせめて……ゲージに入れてあげるとか、最近だとペット用のキャリーバッグっていうのがあるってテレビで言っていたけれど……。」


「そんなものが無くてもクソネズミにはリュックの中で充分だろ。」


勝手に出歩いているという彼の話に#変換してください#は驚いた。人間ではないのだから、もし迷子になってしまったら連絡もとれないではないか……。リヒトの仕事上、時間に拘束されてしまうのかもしれないが生き物を飼う以上そこは責任をもたなければならないはずだ。

そしてリヒトの言う“クソネズミ”というのはこのハリネズミの事を指しているのだろうか?リヒトはハリネズミを見下すと怪訝そうな表情を浮かべる。リヒトのペットという訳だはないのだろうか?
しかし、ハリネズミの方は飼い主の態度を感じてなのか、「キュゥ…。」と不安そうな鳴き声をあげた。そんな姿に#変換してください#はつい同情してしまう。



「ダメよ。生き物は繊細なんだから!」


「…………。まあ、#変換してください#がそう言うならそうするか……。」


繊細、という言葉にリヒトは少し言いたい事もあったようだが、最終的には分かってくれたようだった。
そう言うとリヒトはさっそくリュックからハリネズミを取り出した。
彼の両手におさまるその姿はとても愛らしく、#変換してください#は少し屈んでそのハリネズミの視線に合わせるとまじまじと見つめた。

すると、ハリネズミの方もじーっと#変換してください#の事を観察しているようだった。
先ほどまでリュックの中で動き回っていたようだったが、今は大人しい。人見知りなのだろうか?



「本当に可愛いらしい子ね。リヒトが連れて歩きたくなる気持ちも分かるわ。」


「好きで連れてきた訳じゃない。今日はこの後も予定があるから極力一緒にいろ、とクランツから言われなければこんな……」


とブツブツと口ごもりながら自らの両手におさまるハリネズミに視線を落とすとまじまじと見つめていた。
その様子から見るに、リヒトも可愛がっているように見えた。
しかしながら、ハリネズミが「キュイ!」と元気に鳴き声をあげて反応すると、リヒトは「チッ」と舌打ちをして視線を逸らした。


そんなやり取りが微笑ましくて、笑みをこぼす。
不思議な関係だが、彼らなりに上手くやっているようだ。


#変換してください#もそのハリネズミに触れたくなってみて、手を伸ばした。
その時、話の一段落したところを見計らって今までずっと黙っていたオトギリが後ろから小声で話しかけてきた。


「#変換してください#さん、桜哉から帰ってくるように連絡がきました。」


「桜哉から?」


そう言うと、オトギリは手にしていたスマートフォンの画面を#変換してください#に見せた。
そこには、『#変換してください#を連れて帰ってこい!』という文字が表示されていた。おそらく桜哉とオトギリのメッセージのやりとりの一部分なのだろう。



「でも、まだ何もしていないし。椿だってまだ帰ってこないはずじゃ……。」


「#変換してください#さんの護衛役を任されているのは桜哉です。あなたに何かあった時に責任を問われるのは桜哉なんですよ……?」


「それはそうだけど……。」


しかし、今日町へやってきた理由はスリーピーアッシュがどこにいるのかの情報収集の為だ。
まだ、なんの成果も得られていない。だが、前の教会での出来事のように桜哉が椿に責められる姿は見たくないのも同じだった。
迷ってる#変換してください#の背中を押すように、オトギリはハッキリ物申した。

「今日のところは帰りましょう。」

静かに淡々とそう話すオトギリ。その無表情のように見える顔からは、焦りのようなものを感じた。桜哉からもそう言われている以上、今日のところは帰った方がよさそうだ。それに、何かあって椿にまた怒られてからでは遅いのだ。どのみち、オトギリが一緒にいるのではスリーピーアッシュの情報を集めるのにも限界がある。出来れば一人でやりたいところだ。


また機会を改めよう、と決め#変換してください#はこくんと頷いた。


「そうね…、分かったわ。」


オトギリはその返答に安堵した様子で、スマートフォンを操作した。おそらく桜哉の方へと返信しているのだろう。#変換してください#はくるっとリヒトの方へ振り返ると申し訳なさそうに口を開く。


「ごめんささい、リヒト。せっかく部屋をとってもらったのだけれど私はもう帰らないといけないみたいなの……。」

「もう帰るのか?」

「ええ……。私の帰りを待ってる人がいるから。」

「そうか。#変換してください#程の天使ともなると時間に追われる程忙しいだろうからな……分かった、残念だ。」

「ごめんなさい、また今度ゆっくりお話しましょう。そのハリネズミさんも一緒にね」


残念そうな表情を浮かべるリヒトにそう笑いかけるとその顔はパッと明るくなった。

「本当かっ?!」

素直なその反応が、青年に向けるには合わない表現のような気もしたが、
#変換してください#はとても可愛らしいと思ってしまった。

「ええ、まだ日本にはいるのでしょう?私もしばらく日本にいるはずだから」

そう言うと、リヒトはリュックから紙を取り出すとそこに番号を書いて渡してきた。携帯番号のようだ。
「演奏中以外なら気付くはずだから」と言って渡された紙を「ありがとう」と受け取ると大事に修道服のポケットにしまった。
そして名残惜しいと感じる気持ちを抑え、自分より背の高いリヒトの顔を見上げると別れの言葉を言う。

「じゃあ、そろそろ行くわ。今日はありがとうリヒト、またあなたに出会うことが出来てよかったわ」

「俺もだ。」

部屋を出る前に最後にまた微笑むと、リヒトもぎこちなく右手をあげた。
扉を閉めてからフロアに目を向けると、同じような扉の配列に自分がどこから来てどこが出口なのか分からなくなってきた。それに見かねたのか、後ろにいたオトギリが「こっちです」と前に出てきて先導してくれた。

「ありがとう。……それにしても桜哉も、どうしてオトギリと私がいない事に気付いたのかしら?」

「さあ……それを私に聞かれても困ります……。」

「そうよね、ごめんなさい。」

と#変換してください#が言うとそこで会話は途切れてしまった。元々あまり口数の多い方ではないオトギリだが、リヒトに出会ってから更に口数が減った気がした。
しかし、それを聴いても恐らく#変換してください#の満足するような答えは帰ってこないような気がして#変換してください#も押し黙った。

桜哉もオトギリに聞いたように、複数の下位達に連絡をとったのかもしれないし
それだってホテルに戻ってから桜哉に聞けば済むことだ。

#変換してください#はオトギリに続いて、出口へ向かい足を進めた。



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