図書室は話したらマダムが睨むから嫌い、だから中庭で本を読む。
特等席である木陰にあるベンチ、ラッキーなことに空いていた。
鞄から本を取り出して読みかけのページをめくった。


木陰以外の影が本に映った。


「名前、何読んでるの?」
「ママから送ってもらった本です」

鞄からさらにポーチを取り出して、それを開けて中身を見せた。

「これと一緒に。食べます?先輩」
「やったね」

そう言ってわざわざ選別してお菓子を取って隣に腰掛けてきた。

「………先輩のせいでいっつも私が食べるときオコシか煎餅しかないんですけど…」
「だってそれ固いんだもん」

口に砂糖菓子を含んだ瞬間幸せそうな顔をしていたので、思わず笑ってしまった。
純日本人の私としては和菓子を気に入ってもらえてなによりだ。
自分で作ったわけでもないのに鼻が高い。

ときおり、先輩と一緒に本を読む時間がすごく好きで、本に集中できなくても、いつもなら嫌なのに隣に彼がいることだけそんなことはなかった。

優しい日差しが照り付ける中、穏やかな時間だけが流れてる。

「あ、わんこ」

そう言うと先輩が読んでいた本から顔を上げた。

「うわー、毛並み良い」

よしよし、と撫でぐり回した。首回りのたぷっとした皮膚を掴んでウリャ、と顔に近付けたりして遊んでいると、プハッと笑われた。

「名前は犬好きなんだね」
「動物はみんな好きですよー」

黒犬をしつこく撫でてたら、先輩は立ち上がってその犬の頭を優しく触り自分の行こうとしている方向に向けて一緒に歩き出した。

「あ、先輩の犬だったんですか?」
「え、あーうん、友達」

それじゃあね、と手を振られ、先輩はわんこを連れていなくなった。

「あ」

隣に置き忘れられた本があった。
難しそうな題名だなーと思いながら中身をぺらぺらと斜め読みをすると思わず知らず知らずの内に眉を寄せていた。

「…………ま、魔法生物…救済薬学……?」

難しそうどころじゃない、難しい。

こんなん解るなんて流石だなーなんて思いながらその本と今まで読んでいた本をまとめて鞄に入れた。
腕の時計を見れば、そろそろ授業が終わる頃だ。


「名前ー、終わったー」
「おつかれー」
「疲れたー。早くご飯にありつこう」
「夕飯にはまだ早いよ」
「えー」
「……煎餅いる?」
「いる!」

授業終了した友達に混ざって、夕飯に向かった。
さっきの本を夕飯のときに渡そうと先輩を捜したけれども、彼と仲が良い悪戯仕掛け人さん方はいるのに肝心な人がいなかい。

同じ通路側にいる、がつがつチキンを食べるシリウス先輩に聞くのは気が引けたので、ピーター先輩に声をかけた。

「食事中すみません先輩、リーマス先輩はいらっしゃらないんですか?」
「!、う……うん」

急に声をかけた事に驚かれて喉にものを詰まらせてしまった噎せる先輩を心配していると向かい側にいたジェームズ先輩が声をかけて来た。

「ちょっとした野暮用でね。伝言とかなら伝えるよ?渡し物とかでも」
「あー」

一瞬あの本を渡そうかと思ったけれどもやめた。
喋りかける機会を失うのは精神的に痛手だ。

「いえ、自分で先輩に渡します」
「やーだ、もしかしてラブレター?憎いねーリーマスったら名字かどわかしちゃってー」
「……や、あの、違いますから…」

少し顔が赤くなったことに自分でも気が付いている。
ひゅーひゅーと口笛で野次るジェームズ先輩に泣きそうになった。
調子に乗るな、と彼をテーブルの下で蹴ったシリウス先輩がすごくありがたい存在に感じる。

「ま、多分一週間そこらで帰って来るだろーからそれまで待ってな、名字」
「そうします、シリウス先輩」

そうは言ったものの、考えてみればリーマス先輩と話はよくするけれども、話し掛けはしていなかった………ような気がする。
探し回りなどしたこともないし、会ったら、話し掛けてくれている、そんな先輩だった。

なぜだか急に緊張してしまった。
あと一週間もあるというのにだ。

寮の部屋に戻ると、枕元に先輩の本を置いた。
興味本位でもう一度、今度はじっくりかけて読むつもりだ。

日本人の割には英語の理解度はかなり良いと思ってる。入学当初と比べても日常会話は勿論、授業理解にもなんら支障はない。
だけど、やっぱりその陰には先輩がいた……ような。

その先輩の本は読解力がとかそんなレベルの難しさではない。
フクロウだとかイモリだとかなレベルじゃないんじゃないかな。

こと細かに走り書きやアンダーラインが引かれていた。
何と言うか、至極先輩らしい。
そのラインを指でなぞりながらそう思った。
眠気が襲って来て、それに従って眠りについた。





何日目かの夜、爆睡していたはずなのに急に目が覚めた。
夜だからやっぱり真っ暗で部屋に差し込む月の光だけが唯一の明かりだった。
喉が渇いた気がしたので、コップに水をなみなみと注ぎ、ほぼ椅子や棚の扱いを受けている出窓のところに腰掛けて水を飲もうとした。

「………なんか、いる?」

窓から見た校庭の中に動くものがいた。
少なくとも3頭くらい。
禁じられた森から出て来たというのなら、まだ分かる。だけど、どうもそういうワケではなさそうだった。

好奇心が勝ってしまい、窓を開けて杖を振った。

「アクシオ、箒よ来い」

自分の箒は持っていないけれども、飛ぶのは得意だ。
学校の箒だけど、まあ多分戻せば使ったことバレないよね。

窓から飛び立ち、すぐに動物の回りを旋回し始めた。
よくよく見ると、鹿に犬、狼、さらに鼠が鹿の背に乗っていた。

ハーメルンの音楽隊並の統一感のない動物だなあ、と思っていたら、よくよく目を凝らして見ると、あの犬は先輩が友達だと言っていたワンコに見えて来た。
嘘だろーと思って、ついに箒から降りて、彼らを見よう、と、した。ら、突然狼がこちらに目を向けた。
びっくりして息を止めていたら急に走って来られ、後ろ足で立ち上がりその全長を現した。
と、いうより、これは間違いなく襲われてる。

すぐにあのワンコが走って来て狼の爪から代わりに傷を負ってまで庇ってくれた。
そして鹿が後ろ脚で狼を蹴り上げ、さらに犬へ攻撃が加えられるのを防ぐために注意を反らせた。

すぐにでも逃げたしたいのに足がすくんで動かなかった。
不意に鹿が森へ行ってしまい、ワンコが私を守るようなことになってしまった。
狼の前足が犬を払った。
間合いが詰まる。

今まで恐怖でつっかえていた喉がやっと声をあげた。



「リーマス先輩!!!」



不意に狼の動きが止まった。
恐る恐る見上げると狼の方も何か思案げだった。
突如、森から遠吠えが聞こえた。
狼はそちらに向かいがてら一度だけこちらを見て、すぐにあの声がした方向に向かった。

なんとか立てるようになった足で急いでワンコに近寄ってみると首の辺りの傷が痛そうだった。
大変、となんとか手当てをしようとポケットを探っている間にワンコは森へ駆け出して行ってしまった。

すごく、何となく嫌な予感がしていた。





次の日の朝、あの後全然眠れなかったからかボーッとしながらご飯を食べていた。
どんっ、と背中を叩かれ、食べようとしていたウィンナーがフォークごと口から遠退いた。

「おっはよー、名前!」
「…………おはようございます、ジェームズ先輩…」

横に座った先輩はパンに手を伸ばしてバターを塗り始めた。
真向かいにはシリウス先輩とピーター先輩が座り、あたかも仲良しな雰囲気が流れてる。

「もー、傑作なんだよ名前!シリウスったら寝違えちゃって首痛めて!ほら、あの包帯!」
「うっせーアホ」

ちらりと見るとたしかに首にはいつものようにアクセサリーではなく包帯が巻かれている。
ピーター先輩も頑張って彼らの話に合わせようとしている。

ふう、と鼻で溜め息を出した。

「………………先輩」
「なんだい?」
「先輩のことなら安心して下さい」

そうとだけ言って、その場に耐え切れず、鞄を持って授業へ向かった。


リーマス先輩を捜して一週間目、いつも通り授業の空いた時間をあの中庭で過ごそうと向かうと既に先客がいた。

「リーマス先輩」
「やあ、ねえ名前、」
「先輩の本なら私が預かってますよ」

先輩の隣に座り、あの本を鞄から取り出した。

「先輩、魔法薬学得意なんですね、全然意味がわかりませんでした」
「はは、僕も買ったは良いけど実はさっぱりなんだ」

そう言って彼が本を受け取ったにも関わらず、私は本から手を離さなかった。

「先輩」

先輩がこちらを見ている。
なのに、顔が上げられなかった。
目を合わせて会話しなきゃ失礼だと思ってるのに、それが出来なかった。

「好き、です」

涙がぽろぽろ零れ、本のカバーにかかってしまった。
それでも、その本を手放したら、先輩までどこかに行きそうで離せなかった。

「死ぬかも、と思った時、親よりも先に先輩の顔が浮かびました、名前も呼んでしまいました」

無意識の内だった。
だけど、先輩がいなくなったらって考えてみるとそんな生活堪えられないと思った。

だから、あの恐怖体験は友達にも先生にも誰にも言えなかった。

「大好き、なんです」




「…………………ごめん、ね」


何よりも優しくて、何よりも残酷な想定内の言葉だった。

本を掴む手が緩み、溢れ出る涙を堪えるためだけに使った。
先輩はどこかへ行く様子もなく、優しく、その温かい胸に抱きしめてくれた。

「……僕は名前を守りたい、だけど、君に僕の背中を預けることは出来ない」

充分すぎるくらいの事実だった。

「………先輩、読み終わったら、その本ください」
「うん、分かった」

いつか、いつか貴方の役に立ちたいと思います。

「先輩」

その時までどうか待っていて欲しいと思います。

「私のこと、好きでしたか?」







(もちろん)

(だからこそ、幸せになって欲しいんだ)





「………嫌いだよ」

嘘つきピエロ



先輩は、ひどく悲しそうな顔をしていました。



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