強いものこそ上に立つ。弱いものにこき使われる謂れはない。下克上。それは何も天下を取ろうとしている一握りの殿様たちに限った話ではない。その殿にお仕えする者たちの中でも中でも我こそはと血なまぐさい惨劇は水面下で行われていた。
学園にいたころは、特に目立って自身の出生について語ったことはなかったが、父の跡を継ぐことになった兵太夫は生まれ育った国の頂点にいる殿の側近となる位を約束されている。それ故に怪我を負わせよう、あわよくば命まで奪おうという欲に襲われていた。
水面下で、というのは誰も直接手を出したら自身の保身が危うい、そんな馬鹿な真似はするはずがない。そこで血なまぐさいことですら金をもらえば代行する、暗殺、忍者にはよくある仕事である。
未だに趣味で作り続けているカラクリでいっぱいになった武家屋敷ならぬカラクリ屋敷に何度となく助けられた。
軒下や天井裏など忍び込むときに使いやすい場所で何かの拍子に生首フィギアやビックリ箱のごとくグーパンチが飛び出すカラクリはまだまだ可愛らしいほうだ。

カラクリは何か作動の切っ掛けがないと動かないようにしている。作動の跡があると忍者としての知識を学びながらも別の道を選び完全な忍者とならなかった彼の脳裏に浮かぶのは、そのまま忍者として卒業していった同窓生や先輩、後輩、学園の中で仲間だった者たちのこと。
あいつこれと同じカラクリに引っかかったことあったよな、と悪戯に笑えるなら良かった。
ただ、自分の命を狙った者が元仲間だったら、と考えるととてつもなく胸が苦しくなる。
誰が何処に就職したかだなんて、ほんの一部、しんべヱや庄左衛門、虎若、団蔵、金吾のように兵太夫と同じく親の跡を継がねばならなかった分しか分からない、ほかの学園での顔なじみがいつ敵になっていてもおかしくない。
忍務でこの手を汚したことがあるとは言っても、さすがに仲間を手にかけたことはない。そして他の奴らはどうだか知らないが、兵太夫にはその覚悟は備わっていなかったから、殺傷可能系のカラクリ作動後に血が付いていたりすると心の底からヒヤッとなるのが本当に嫌だった。

「笹山殿も自衛のために雇えば良いものを」

信用できる同僚に愚痴を零したときに返された言葉だ。無論、目的語はぼかす。
同僚には話していないけれどもならなかったとはいえ、兵太夫の知識は忍者と同じ。
そんな自分が彼らを金で雇うなんて気持ち悪いというのが彼の本音だ。

学園では入学当初こそ好きなことに夢中になっていたが、成長するにつれ自信の進路を考えたなりに、自分よりも武士らしい武士を目指していた金吾に倣って彼ほど頑張っていないがそれなりに鍛錬をしていた。
城での勤めを終え、自宅に戻る。夕飯を終え、とっぷりと暗くなった頃に剣術を磨こうと基礎練習の素振りから行っているのは日課だ。

今日は空気がピリピリしている。

それは気にしないことにして、素振りに集中することに決めた。


「精が出ますねえ」


さすがに声をかけられたときは反応せざるをえなかったが。
飄々とした声の主に向かって刀を向けた。
堂々と真後ろに姿を現されたが、限りなく気配を消されていて、多少反応が遅れてしまったことを恥じているのを隠すために強気に剣先を相手の鼻すれすれのところで寸止め他。

「おやまあ」
「……綾部、喜八郎せんぱい?」
「だぁいせぇか〜い」

紺の忍装束で身を包んでいたがこの飄々とした態度、間違いない。
鼻から下を隠していた頭巾をずり下げて顔を現した。
学生の頃とはまた違う記憶よりも大人になった彼がいる。
そして、その彼相手だというのに刀を下ろせない自分がいた。

「何の用ですか」

感情を表さないように淡々とたずねる。
可愛げのないその態度に喜八郎は不満の色を露にした。

「兵太夫変わったね」
「わざわざ世間話をしにきたわけじゃないでしょう?」
「……本当に可愛くなくなった」

反対にブス、とあからさまに不貞腐れる喜八郎は見た目以外は本当に変わってないようだった。
しかしいくら顔なじみであったとしても相手は忍の者。
もはや信用など出来る筈がない。
この手で消すのも、消されるのも、躊躇ってしまうかつての思い出は本当に苦にしかならない。

「兵太夫が仕事行ってる間に折角掘ってあげたターコちゃんにも全然ハマってくれないし」
「え、どこに、」
「この庭」
「何してくれてるんですか先輩!!」

思わずカッと喚いてしまった兵太夫を見た喜八郎がほんのりと雰囲気を変えた。表情変化が微妙に乏しいが、それは喜んでいるとよく分かる。

「踏子ちゃんだけじゃ足りないんだ」

何言っているんだ、と思っている間に少しの隙が出来た。その瞬間、喜八郎は胸元に忍ばせていた苦無を振り上げ兵太夫の刀を弾いて詰め寄った。
咄嗟に反撃体勢を整えたが躊躇う。

「ターコちゃんはもっと魅力があるはずなんだ」

その細腕のどこにそんな力が、という勢いではじかれ、刀を落とした兵太夫の両腕を掴まれた。

「兵太夫が、一番その魅力を引き出せる」

ポカン、と呆けた顔になったと自覚できる。こんなアホ面、何年ぶりだろうか。
相変わらずのマイペースっぷりはどうにもできないものらしい。

「学園にいた頃みたいに、悪戯で落とすだけなんて求められない、でも僕は掘ることが好きなだけで、それ以上を考える頭はないんだよね」

ぐい、と腕ごと体を寄せられた。
変化が乏しいその顔が、その瞳がキラキラ輝いている。

「兵太夫のカラクリはターコちゃんの魅力を開花させる、だから僕は城仕えを辞めて会いに来たんだよ」
「………先輩は、ちっとも変わってませんね」

はぁぁ、とついた溜め息に首を傾げられた。

「申し訳ありませんが、僕は」
「兵太夫のカラクリをくれたら、僕は君から離れないし守るよ。」

変わらない、マイペースで、だけど何でもお見通しみたいな発言をして

「何を」
「兵太夫の守りたいもの」

掴みどころがない。
こつん、と兵太夫は額を喜八郎の肩に預けた。

「〜〜〜先輩ってホントなんでお見通しなのかなぁ」
「だって先輩だもん」

ブイ、なんて言いながら腕を掴んでいた手で背中を優しく叩く。

「兵太夫の邪魔になる奴を排除して、もしそれが知り合いだったら追い返せってコトでいいよね」

出来ることなら、特に見知ってる人が相手なら傷付けたくない。
武士としては取り逃がすのは恥だけどカラクリでは微調整が難しい。
“忍”は雇いたくないけれど

頷いた兵太夫を離すと、ほぼ地面と同化していて気付かなかった践鋤の践子ちゃんを優しく蹴り上げて掴んだ喜八郎は「よし、ターコちゃんをパワーアップさせよー、おー」と一人で淡々と盛り上がり掛け声と共に践子ちゃんを上に持ち上げた。

「……ターコちゃんの中に先を刀で斜め切りした竹を刺し敷きたいと思いません?」
「おー、すっごいスリルー、でもそれ落ちたら確実に死人が出るよ」
「ですよね、敷地内ではやめときましょ」

一人で黙々と考えるカラクリよりもこの掛け合いが楽しかったりする。

「そうだね」

喜八郎がその手を兵大夫の頭に乗せて撫でた。
もう子供じゃない、と言いたくなる以上にこの人だけはきっとずっと変わらないんだろうな、と思うと自然に笑みが零れた。
忍者として卒業したのに忍者らしくなく、いつまでも先輩は先輩のまま。

「先輩、よろしくお願いします」
「ホントは僕が兵太夫に言うべきだよねー、まあいいや。どんとこーい」

良くも悪くも、どこまでもマイペースな人だって知っていた。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -