(俺、留三郎の髪好きだなあ)
(本当か?さんきゅ!俺も伊作の髪、ふわふわしてて好きだぜ!)

入学したころからずっといっしょで、なんとなく交わした会話だったが、お互い相手の言葉に素直に喜び、なんとなく切ることなく伸びっぱなしにし、入学当初は短めだった髪は成長するに従って長さが増えていった。

留三郎の高い位置で結わえた真っ直ぐな髪が、肩甲骨のラインを越えたころには、四年生も終わりに差し掛かっていた。

忍たまも上級生になると実地訓練のため忍務が与えられる。
個々のレベルと個々の特技に準じて内容は様々だったが、難易度がそれぞれの組に応じている気がするのもまた止むなし。
どんな忍務なのかまで公言できない、というより公言した場合、木下先生よりペナルティが待ち受けている。忍たまだからその程度で済むが、忍者はたとえ家族であっても仕事を教えてはいけない、そのための訓練だ。忍務は受け取ってから死ぬまで全うするものだという教えである。

しかし逆に、仲間の荒を探し、どのような忍務だったのか推察、部分的にでも正解した場合は加点される。
そしてこの点数は個人ではなく、その者がいる組全体のモノであった。
連帯責任となり、忍務遂行で点数をあげても、他クラスの者に忍務内容がバレて減点されたらクラス内の居心地が悪くなる。推察力も証拠消しも気合いが要る、まさに慣れてない間は地獄絵図のようであった。

そしてその推察にわりと長けていた者の一人が伊作であった。
というのも忍務帰りの怪我をした忍たまへ保健委員として手当てをしているうちに、傷などを診て忍務場所がどこだったのか、斬られた跡があれば討伐の類いの忍務で反撃されたとか、慣れ親しんでしまっている手裏剣などの忍具で掠ったあとがあればどこぞの城に忍び込んだと推測できる。
むろん、たとえ傷を負って帰ってきてもやられっぱなしになってばかりの級友たちではない、伊作がいない間に保健室を訪れたり、勝手に薬を頂戴していったりと忍らしさを発揮してはいても、保健室を訪れた者の記録帳や、薬や包帯の減り具合を確認することでどのような怪我だったのか、後日、痛みを感じて庇うような動作がないかといった洞察力を磨きに磨き、一年生から同様に比較的優秀ない組、ろ組、アホのは組の風習はまだあれど、は組の伊作による加点は目覚ましいものがあった。
不運だと言われようが、多少は趣味でもあったがこんなところで役に立つとは、まさに委員会様様である。





「ほう…文次郎、また減点くらったのか、忍ともあろう者がなぜ敢えて戦いに行く?忍なら忍らしくスマートに忍務を熟したらどうだ?」
「そりゃあ仙蔵!お前はスマートに終わらせる忍務がお似合いだもんな!だが俺は戦う忍者だからそんな忍務じゃなかっただけの話だ!」
「戦う忍者が怪我をするなど鍛練が足らん証拠だな、怪我などしたら伊作の思う壷だと重々承知してるだろう」
「け、怪我したくてしたわけじゃねーよ!!」
「当たり前だ。わざとというなら即刻お前を爆破する」
「それが仲間に言うことかあぁぁぁっ!!」





長次と小平太の部屋を挟んでいても二人の声が伊作と留三郎の耳に届いた。
上級生はともかく下級生はもうとっくに寝静まっている時間だというのに、声のボリューム落とせないものだろうか、と考えながら寝巻きの留三郎は襖を閉める。

「伊作、また密告か?」
「文次郎もなかなか学習しないよねー、痛みをごまかすためか何か分からないけど包帯きつきつに巻いてたら感覚麻痺ぐらいするさ。歩き方いつもと違うんだもの」

のほほんと笑みを浮かべる伊作は最近手に入れたと喜んでいた薬の素を粉末状にするために挽いていた。
こういうときは本当に敵に回したくない。
そう思いながらニヤリと笑った留三郎は畳んでいた布団を広げる。

「で、あいつの忍務、なんだったんだ?」
「秀でた敵ばっかりだったのか、すぐには死ねないところばかり狙われてたみたい。動きを止めるために脚とかさ。捕まったりしたら色々聞き出すつもりだったなら相手も忍者だったんじゃないかな? つまり忍者を雇うことができる人たちの中に突っ込んだ。 本気出した文次郎に気付くっていうことはなかなか優秀、そんな忍者雇えるのはどこかのお城じゃないかな〜ぐらいしか言ってないよ俺」
「充分だろ」

留三郎から笑った気配がしたあとすぐに不機嫌なものに変わる。
薬から目を離してルームメイトを見遣ればわかりやすいほどにふて腐れて布団に座っていた。

「張り合うとこじゃないじゃない。俺なんか諜報系忍務ばかりだよ留さん」
「いや、同じ武闘派として負けたくねえ、っていうか文次郎の奴なんかに負けたくねえってのにそもそも比べものにならないような忍務しかなかったら悔しいんだよ!」

伊作からすれば充分危険な忍務に行ってるだろうにまだ足りないというのか。
顔を合わせたら喧嘩の売り買いをはじめる二人のことを考えたら当然の文句なのだろうが、保健委員としては同じような怪我をするくらいの危険がある忍務だなんて勘弁して欲しいというのが本音なのに。

「……だけどな伊作!これを見ろ!!」

不敵に笑いながら留三郎は畳んだ制服の間に大事に挟んでいた巻物を手にとった。
忍務を言い渡されるために口伝でなく、敢えての文書、似たようなものには見覚えがある。
この喜びよう、話の流れからして難易度が高いものなのだろう。

「いくら同じ組だからって……俺に変装した誰かだったりしたら危険だよ留さん」
「すぐ燃やすって。伊作に見せたかったんだよ」

喜びは分かち合いたい。
だけど素直に喜べない伊作はごまかすように立ち上がり、私物の薬で溢れる棚をがたがたと開け閉めし始めた。

「あ、あった、はい留さんに」

目的の物を見付けた伊作は留三郎に向かって小さな箱を投げる。

「応急処置用の止血剤」
「俺はあんなギンギン野郎と違ってヘマしねーよ、でもありがとな」
「どう致しまして。忍務って明日から?」
「ん、朝一で出るからもう寝る」
「そっか。お休みー」
「伊作、おまえは?」
「保健委員で仕事」
「早めに寝ろよ」
「出来るだけそうする」

その言葉に信憑性はないが、それ以上言及せずに留三郎は眠りに落ちた。

彼が目を覚ましたときは伊作も寝ていたので今日はよかったほうだ。

空気が乾燥している、きっと今日は晴れ。
気合い充分、昨夜のうちに用意を終わらせていたこともあり、すぐに出立した。



上級生とはいえ、その中ではまだまだ駆け出しに属する四年生なので、比較的簡単な忍務を任される。
少なくとも殺し合いに発展するほど過激な忍務先は宛がわれることはない。腕に自信があればあるほど自身の実力を試したくて、多少の不満が募っている。
そんなときに与えられたのはもうすぐ戦をおこしそうな学園から離れた毒茸名の城の戦力を調べて来い、というものだった。
城に忍び込む、戦力の推測が可能な場所を見付け、情報を探し出す、誰にも見付からないように。
伊作ほどではないにしても留三郎もそれなりに推測は得意だ、用具委員会の委員長が鼻高々に用具の使い方も、どこに何が使われたのかという情報だけで仕掛けた者は何をするつもりなのかまで言い当てる技術まで伝授された。倉庫の中ならお手の物だ。

城は本当に戦の準備で騒々しい。
楽勝、と唇をペろりと一舐めりしたあと、見張りの手薄な城内にこそりと踏み入れた。


数刻後、盛大な舌打ちをすることになるとは思いもしなかったが。


欲しい情報は手に入れた、ただ最悪なことに城に仕えているらしい忍者に目を付けられていたようだ。学園にその情報さえ入っていればこの忍務は留三郎には渡らなかっただろう。
泳がせて捕まえるとか質が悪い、天唾の術の罠にかけることはあってもかかるほうか、と溜息まで出そうになったが、後ろにはその忍者。必死に逃げてるというときにそんな余裕はない。
このまま学園に戻るわけにはいかない、裏裏裏山まで生い茂る木々の間を縫うように駆けつづけてしまっていたが、いい加減払い落とさないといけないと考えた留三郎は木に登り手裏剣を構えた。

木葉隠れのままやり過ごせたら万々歳だが、相手は凄腕だ。
何かしらこちらに仕掛けてくるにちがいない。

耳を澄ませていると、留三郎が逃げてきた方向とは違うところで音がした。
目視で確認できる範囲だ。

淡い茶色の毛が紫の衣服の上で揺れている。

委員会と言っていた、予算足りない分は自力で摘みに行くこともざらにあった、裏裏裏山なんてすでに生徒の行動範囲内じゃないか、といまさらになって対峙する覚悟を決めた決断の遅さにさあーと、肝が冷えた。

声をあげたら伊作だけでなく敵に気付かれる、でも矢羽では彼に届かない距離
ぎり、と奥歯を噛み締める、鍛練バカ以上にバカだった。

闘うことは純粋に好きだが、忍ってのはそれだけが全てではない、無事に戻ることが最優先すべきことだというのに

耳が殺した足音を拾った。そこに向かってくないに小さな煙玉を括りつけて放つ。地面に着いてすぐに破裂して煙が上がり、敵の視界が潰れている隙を狙って上っていた木から降りた。
不意をつかれた相手が煙に行く手を阻まれ咄嗟に止まるために踏ん張った足が音を発する。
しめた、と思った留三郎が音のした方向に投げた四方手裏剣は煙を抜け、ざっくりと木に刺さった音がした、何度も練習してきたその音に間違いはない。
がさり、と草が鳴ったのは、こちらの戦闘に気付いた、忍者に向いていない伊作が無用心に立ち上がった音だった。
ひくりと喉が鳴き、矢羽を出そうとすると、その音を頼りに敵忍者が動いたのか、ザッと近くの草木が揺らいだ瞬間、頭より早く身体が動き、留三郎は伊作の元に走り出していた。それを文字通り、後ろ髪を引っ張られ止められる。
上半身がのけ反るも、持ちこたえようとした足は後方から鎖を巻き付け引っ張られバランスを崩し、俯せになって倒れた。
その留三郎の背中を踏み付けた敵忍者は、彼の髪だけを引っ張り海老反りにさせている。

「忍術学園のガキか。残念だったな」

痛みで目を閉じてしまっていた留三郎が何がだと敵忍者に目を遣るとその視線が伊作にも向いていることに気付く。
心臓が冷えて、キュ、と縮んだ気がした次の瞬間、懐に忍ばせていたくないを取り出して引っ張られている自分の髪をザクッと切り離した。
バランスが崩れた敵の隙を狙った留三郎は身体を反転させると同じくないを相手の鎖を持つ腕に放つ、傷付いた衝撃で緩んでいる間に拘束されていた足を自由にして立ち上がる。
人体のツボなら同室の奴のお陰で知り尽くしていた。相手の身体に数度拳を埋め、最後に首に手刀を落として地面に埋めた。

肩で息をして呼吸を整える。

「ごめ、留三郎、ごめん」

伊作がこちらに向かって走り寄ってきた。
まだ敵の意識あったらどうするんだよ、本当に忍者に向いてない

「伊作、俺の忍務なんだったか分かるか?」

転ばされた時に擦りむいた手の平が地味に痛みだした、伊作からもらっていた箱を取り出し、これみよがしに開けて患部に塗った。

「闘う忍者に、長い髪は要らねーだろ」

歯が見えるくらい口角をあげて笑う。
申し訳なさそうにしょげ返っていた伊作がつられて笑みを浮かべてくれた。

この忍者、どう後始末つけたら良いんだろうか、とか悩むところはあったけれども

「俺、留三郎の髪好きだよ」

守りたいものは守れたことに、今は酷く安心した



あとがき
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