実家から届いた吉報は、まがまがしいものにしか見えなかった、ドクン、と心臓が大きく揺らいだ。

無意識のうちにくのたま長屋から出歩いていた、どこだ、と探す手間はそうそうかからなかった、大量のトイレットペーパーを持って、今日も保健委員会様は大忙しのようだ。
膝かっくんでもしてこけさせようかという悪戯っ子精神が疼いたが、彼の膝裏の高さを目測して、やめた。
小さいと思っていた背もいつの間にか見上げなきゃいけないくらい育っていた。悔しい、たまらなく悔しい。
学園に入学したときから私の将来は半分くらい決まっていた。十分に通用するくらい行儀は身についた。ただ問題は、余計なものまで染み付いていたらしい。
明るい髪色の無理矢理伸ばして結び垂らしたくせ毛が歩くたびに揺れている。
手にしたままになっていた親の手紙を胸元にぐしゃりと押し込んで隠した。

「あれ?ユキちゃん、どうしたの?」
「何よ、あたしが学園内うろついちゃいけないわけ?」

眼鏡の下の目をさらに丸くさせた乱太郎にそれとなく近付く。ふて腐れたように頬をふくらます。

「うーん……まあ珍しいことではあるよね」

苦笑を浮かべる彼の表情さえもが

「トイペ補充?ヒマだし付き合ってあげるわ」
「えぇっ!?いいよ、そんな!」
「いいから!」

両手が塞がって抵抗できない乱太郎からトイレットペーパーを3個だけ取り上げて横に並んだ。

「ありがとう、ユキちゃん」
「いや、まだ何もやってないじゃない」

ほら、行くわよ、と目で訴えるとようやっと歩き出した乱太郎の横を少しだけ遅れ気味に歩いた。
いくら未だは組とはいえ、あまり堂々と見ていたら不審に思われるだろう、気付かれない程度にちらりちらりと見ていたかった。

「そういえば土井先生がため息ついてたけど、あんたたちまた試験で酷い点数とったの?」
「えー、そんなに酷くなかったよ。わたしこの前のは30点あったもの」
「ひくっ!!」

たわいもない話、笑えば笑みを返される
どれだけ成長しても変わらないとなんとなく思ってた

今日の補充該当トイレに着くと乱太郎は淡々と作業をこなす。
普通なら嫌だと思うような掃除でさえも慣れた手つきでさっさと終わらせて、これはいい具合に尻に引かれる男に育ったな、なんて考えが頭に過ぎった。

「本当に忍者になるつもり?清掃員とかのが向いてるんじゃない?」

意地悪くにやにやとした笑いを浮かべながら言ってみる。
低所得でもいい、何か、まともな一般人とか、少なくとも忍者の三禁とか関係ない、みたいな

「もちろん、わたしの夢は昔から、立派な一流忍者になることだよ」

一切の迷いもない
ずっと子供みたいに純粋に思い続けてる

ふーん、と適当な相槌を打っているとひょいと乱太郎が立ち上がった。

「っていうかユキちゃん、一応この辺男子トイレなんだけど」
「だから何?」
「少なくともわたしは女子トイレに恥ずかしくて入れないとかあるんだけども……」
「どこのガキンチョよ」

いまさらいまさら

ぽろりと、目から溢れる

「ユキちゃん?!」
「目っ!なんか入ったの!!」

手の甲でごしごし乱暴に拭う。
その手を止められた。乱太郎の、大きくなった手に腕を捕まれていた。

「擦っちゃダメだよ!ちょっと見せて」
「………この不運委員!知らない!もう帰る!!」

泣き顔とか見せてられない!とトイレットペーパーを押し付けてくのたま長屋に戻った。
不思議そうな顔をした乱太郎を残して。
ああ、もう、あたし何しに行ったんだっけ!

長屋に戻って、部屋の扉をあける。

見た目は変わったけど、昔から変わらない、大好きなルームメイトの姿。

「ユキちゃんおかえり」「でしゅー」
「トモミちゃん、おしげちゃん、」

部屋に入って後ろ手で戸を閉めた。
そうだ、伝えなきゃ、大好きな二人に
胸元に押し込んでいた親から届いた手紙を取り出す。

「あたし、結婚決まったよ」

笑って 笑って 笑って
口に出したら、腰が抜けてへたりと座り込んでしまった。
二人が駆け寄って、おめでとうでもなく、背中を撫でる。

声が枯れるんじゃないかっていうくらい大泣きした。
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