【不思議の国の骸】

 麗らかな日のこと、骸は恭弥お兄様と一緒に、というより尾行して、小高い丘まで行きました。
 恭弥お兄様は手持ちの風紀日誌と書かれたラベルの貼ってある本を大層静かに読み始めましたが、骸はやることがなくなってしまい、手持ちぶさたで退屈になっている内にウトウトとしてきましたが、妙な声が聞こえて覚醒しました。

「大変だ!遅刻だ、遅刻だ!!」

 ぴょこん、と白く長いウサギの耳の生えた少年がわたわたと彼なりに必死に走っていました。
 何もしないよりは突っ込みどころがたくさんあるうさぎに付いて行くことに骸はしました。

「うさぎさん、うさぎさん、そんなに急いでどこへ行くの?」

 骸の問いかけにも関わらず、うさぎは気にする事も無く、全力疾走で穴に飛び込んでしまいました。
 うわあぁっ!と叫ぶうさぎの声がしました。

「うさぎさんが大変だ!」

 骸はフリフリのエプロンドレスにも関わらず、穴に自分も飛び込みました。
 予想以上に深い穴だったようです。
 腕組みをしたり、九九を唱えたり、クフフのサンバを歌って踊ってみたりしましたが、なかなか1番下へと着きません。

「このまま行ったら、地球の中央を抜けて、反対側の国へ行ってしまいます、言葉は通じるでしょうか。いや、笑顔は世界の共通語だと言われてますし、大丈夫でしょう」

 独り言をブツブツ言いながら、笑う練習だとばかりにクフフクフフクフクフ…とここぞとばかりにいつもの傍から見れば気持ち悪いとしか思えない笑いをしていましたが、ついに、地面へと降り立ちました。
 可愛らしい部屋ですが、今、骸が出て来たところ以外の出口は小さな小さな木製の扉しかありません。

「どうしましょう、とりあえず、この扉、壊しますか」

 足を蹴り上げようとした瞬間、ドアノブが急に人の顔の形になって、声をあげました。

「ひいぃいぃっ、や、やめてくれえぇぇ」

 気色悪い声に驚いた骸はドアノブをじっと座り込んで見詰めた。
 ドアノブは嬉しそうに目を細めている。

「うじゅじゅ、可愛らしい子供が来ましたねぇ、うじゅ」
「何ですか、気持ちの悪い」
「あなたのような髪型の人に言われたくありませんよ…ってあぎゃああぁっ!」

 ファッションにケチを付けられたため、骸は腹いせに扉に向かって持っていたフォークを突き刺した。

「ところで、僕はうさぎさんを追っているんです、どうしたらここを通れますか?」

 無駄口を叩かせない為にフォークを突き刺す準備は満タンだ。

「て、テーブルの上に小瓶があるでしょう! それを飲めば小さくなります!」

 白い丸テーブルの上に小瓶が二つもあった。
 どちらとも、薬瓶のラベル部分に『DRINK ME』と書かれている。

「それでは遠慮なく」

 骸はぐい、と片方を飲み干した。
 すると、どんどんどんどんどんどん自分の足が離れていく。
 遂には家の天井にぶつかってしまった。

「どういうことですか! 小さくなるどころか大きくなっているじゃないですか!」
「そ、それは、あなたが間違った方を飲んでしまったからで!」
「こんな扉、家ともども燃やしてしまいます!」
「そ、そんなぁっ!!」

 もう片方の瓶は先ほど、大きくなったときに、するりと手から抜け落ちてしまっていた。
 どうしよう、何をしたら小さくなれるだろう。

 思案していると、外から声が聞こえた。

「メアリ・アン! メアリ・アンってば!!」

 小さな窓を開けて外を見た。
 そこには骸が追いかけてきていたうさぎがいる。

「うさぎさん!」
「メアリ・アン! いつの間にどうしてそんなに大きくなっちゃったの? あぁ、そんなことはどうでもいいや、余計なものを持っていってしまってたんだ! 俺の部屋に置いておいてね!!」

 そういうと、またうさぎは走っていきました。
 扇子を地面に落として。

「まったく、仕様の無いうさぎさんですね、クフフ」

 壁に穴を開けて、扇子を掴んだ。
 すると今度はみるみるうちに扇子が大きくなっていった。
 いや、違う、骸が縮んでいる!
 驚いて、扇子を手離すと、ちょうど、扉を屈んでくぐれるくらいの大きさになっていた。

「危ない危ない、あともう少しで僕はミジンコになっていましたね。 あんな危険なものを僕に渡すなんて、あのうさぎ、少し苛めて上げましょう、クフフ」

 なんともまぁ、理不尽な理由で、そんな決断をした。

「ほら、そこを通しなさい」
「ウジュッ」

 びびったドアノブは自身の鍵を開けた。
 扉が開いた次の瞬間、骸は波に飲まれてしまった。

「どうなているんですか! 窓から見えた景色と違いますよ!!」
「どこに出るか分からない、それが私の良い所ですよ、ウジュジュ」
「覚えていなさい!!」

 威勢をはってみたものの、確かに骸に為すすべは無い。
 扉はすぐに見えなくなってしまった。
 ようやく、陸らしいところに着くと、そこでは一人の男を中心にして円を描いて走り回っている。

「何をしているのですか?」
「コーカス・レースだぴょん」

 意味が分からないし、聞いた事も無い単語に骸は眉をしかめた。
 中心に居た眼鏡のバーコード男がバカっぽい話し方をする奴の代わりに説明をしてくれた。

「…濡れても、こうして走っていれば乾くから…」
「あなたは走ってないじゃないですか」
「…メンドイ…」

 埒が明きません、と骸は嘆息した。
 でも、ついでなので、彼にもうひとつ質問を重ねる。

「僕、うさぎさんを探しているんです」
「…うさぎ…?」

 眼鏡を押し上げて、男が尋ね直した。

「…知っている。二人」
「二人もいるんですか。居場所は?」
「…一人はパーティー、もう一人は女王の城…」

 それ以上の説明は面倒になったらしく、男はそっぽを向いてしまった。
 しかし、情報は手に入れることが出来た。

「さぁ、待ってなさい! うさぎさんめ!」

 クフフ、と笑って森へ向かう骸を見て、やっぱり深く関わらなくて正解だったなーと、眼鏡の男は思った。
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