【人魚姫】


 いつもの日課だった。
 浜辺を毎日同じ時間帯に散歩をしている少女に恋をして、随分と経過していた。
 綱吉は今日も岩影に隠れて彼女を見て、また、胸を高鳴らせた。



  先ほどまでは

 海中に潜む、巨大ファミリー・ボンゴレ
 その跡継ぎと言われているのが、よりにもよって、人間に恋をした綱吉だ。
 その為、自分を扱き上げる家庭教師・リボーンがつけられた。
 が、元来、のんびりだらだらが好きな少年からするとそれは拷問にも値する。
 ちょっと息抜き、と思った行動が思った以上に時間がかかっていたのだ。
 遅刻したことで、小さな家庭教師は体躯からは想像できない程の威圧感を放っている。

「ツナ、俺の授業に遅れるとは良い度胸してんじゃねーか」
「ほんっとゴメンって!!!!」
「海面から顔を出したのか」

 誰にも見られてない、と思っていたのに、一番口煩い奴にバレていたことに驚いた。

「獄寺が心配していたぞ」

 あいつか!!と心中毒づいた。

「ツナ、お前だって知っているだろう、人間に恋をして、自ら泡と化した哀れな女の話」

 もちろん、知らないはずはない。

「お前はドン・ボンゴレなんだ。その恋…諦めろ」

 胸の奥で何かが疼いた。
 一番自分でも思っていて、一番嫌だったことを言われた。

「俺だってバカだって分かってるよ…でも!」
「心が言うことをきかないってか」

 またもや見透かされ、かっとなった綱吉はリボーンから逃げた。

「ちっ、バカツナが」

 リボーンから逃げてどうこうするつもりもなかったのだが、取りあえず走り続けていた。
 すると、前方不注意が災いして人にぶつかってこけてしまった。

「す、すみませ…」
「相変わらずですね、沢田綱吉」
「…骸っ!?」

 俗に悪いことと判別されることはすべてやってきた男が目の前にいて、少し焦った。
 右腕を称する友人に近寄ったらいけないリスト第一位の座に君臨している奴だったからだ。

「…綱吉君、何か悩みごとでも?」

 しかし、友人の注意も何のその、こうして大人しくしている限り、彼は案外普通の人だ。
 髪型以外。
 悩み、と思われることを暴露した綱吉は、先ほどより少しはスッキリとしていた。

「別に、俺は見ているだけで幸せになれるんだ」
「なのに、アルコバレーノはひどいですね」
「だろ!?分かってくれるっ!?骸、お前結構いい奴だよなぁ〜」

 綱吉にようやく笑顔が戻って来たとき、骸の表情が突如変わった。

「彼女に、会いたくありませんか?」
「え?」

 骸の片目が妖艶なオーラを放った。

「、そ、りゃあ、できることなら」
「僕の力を持ってしたら余裕ですよ」

 ね、綱吉君

 骸の甘い声に誘われるように綱吉はいつの間にか首肯していた。
 骸はふいに紙とペンを取りだし、綱吉本人に名前を書かせた。

「契約成立…期限は3日、その間に彼女と接吻出来たらあちらに永遠にいられます、しかし、失敗したら…」

 口を噤むと、骸は綱吉の手を取り、その甲に唇を当てた。

「…僕の気持ち、知っているでしょう?」

 綱吉は一瞬、身を引いたが、骸が彼を掴んで放さなかった。

「せ、接吻なんて無理だよ!」
「サインは、もう施行されています、それから、3日間、僕は君の大事なものを預かっておきますからね」

 にこやかに笑う骸に物申そうとしたが、突然、言葉が泡になった。
 息が、出来ない。
 もがきながら綱吉は海面へと向かった。
 先ほどまで自分と共存していた水が今、命を蝕む凶器と化していた。
 綱吉はがむしゃらに泳ぎ、疲れ、意識を手放した。





 なんとなく、気が向いたから散歩に出ていた。
 浜辺の地面と太陽は熱いけれども空気は生温い。
 ふ、と人影が目に映った。
 海岸で俯せに倒れている。

「…生きてる?」

 彼はその人を仰向けにして脈をとった。
 白い肌に、小柄な身体、亜麻色の髪。
 一目で何だか胸が騒いだ。
 これは恐らくまさしく。

 どの位、時間が経ったのだろうか、綱吉は目を覚ますと、見知らぬ天井を目に映した。

「起きた?」

 自分を覗き込んだ男に驚いた。

「わっ、す、すみません!あ、あのここ、どこ…!?」
「落ち着きなよ、ここは僕の家。君はなんでかは知らないけど、海岸に流れ付いてて、助けてあげたの」

 黒い和服を身に纏った男は腕組みをしてふぅ、と息を吐いた。

「雲雀さん」

 障子から少女の声が聞こえた。
 それに男が反応したので、綱吉は彼が雲雀だと分かった。
 名前か名字かは知らないけれども。

「お着替え、持って来ました」
「あぁ、ありがとう、任せていいかな」
「はい」

 雲雀と入れ替えで入って来たのは、

「あ!」
「どうしたの?あ、はじめまして、私、京子って言うの」

 綱吉が、ずっとずっと、憧れていた、あの少女。

「あ、えと、オレ、綱吉って言います」
「綱吉…変わった名前だね、男の子みたい」

 ん?と彼女の言葉に耳を疑った。
 正真正銘、男なんだが。
 綱吉は急に嫌な予感がした。
 ば、ば、と自分の身体を確かめた。


   無い、有るはずのものが、無い
   そして、無いはずのものが有る


 ショックで叫び声も出なかった。
 骸の言葉が今更ながら頭に響いて来た。

―――3日間、僕は君の大事なものを預かっておきますからね―――

 何と言うことか!
 この状態で、彼女に告白、ないしキスまでしろと!?
 レズビアンじゃないか!!

 綱吉がパニックに陥っている間に京子は彼が着る服を手渡していた。
 現在の見掛け上、仕方ないかもしれないが、女物だった。

「着替えた?」
「はい、雲雀さん」

 同じ障子でまた出入りがあった。
 京子は綱吉にこそ、と耳打ちをして出て行った。

「雲雀さん、ツナくんのこと一目で気に入ったっぽいよ」と。

 地獄に突き落とされたような気がした。

「君、名前は?」
「沢田…綱吉…です」
「ツナヨ?」

 なんでも良いや、と思った。

「僕は雲雀恭弥」

 雲雀はつかつかと綱吉に近付いた。
 鼻と鼻が付きそうだった。

「で、君どうしてあんなところに倒れてたの?」
「あ、えと、あの」

 上手く説明出来るわけもない。
 海の中に、国があるんです、なんて地上の人間に分かるはずがない。
 混乱して、頭が真っ白になった。

「…む、骸…っ!」

 苛立ちの原因の顔を思い出した。
 知らない男の名が突然出て来て、雲雀の口がへの字に曲がった。
 直感が働いて、さらに京子の言葉が蘇って来た。

 受難の3日間の幕開けだ。
 終焉は、誰もどうなるかなんて知る由も無い。
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