物珍しいことだと目を閉じた。久方振りに人の世界に現れたときから露ほど変わらぬ端正のとれた容姿の主は長い睫毛を伏せた。はめていた白い薄地の右手の手袋を指先を摘んで外して現れた水仕事をしても荒れる気配さえ見せない手の甲を感情の篭らない眼で見つめた。
左手をそれに重ねると温もりが伝わった、つい先日の、あの温もりには似ても似つかないものだと思いながら右手をひっくり返し、手の平を見た。
長い指から触れていたひとつひとつの感覚が忘れられないでいる、と伝わった気がした。
若い女特有の柔らかい肌、珍しい程黒い髪で覆われた小さな白い頭、サーカスで見せる濃い化粧の下の顔、人間らしい弱さ、情事のときには目の前の相手をしかと見詰める、けれど心のどこかでいつまでも他の男を忘れない

ゴミ袋の中に入れたボロボロになった太く三ツ編みにされたマフラーを取り出して、口元を埋めた。
彼女のものではない、焦げ臭いにおいが嗅覚が鋭すぎる鼻をつく。かすかに彼女を感じた。

「……そういえば名前さえお聞きできませんでしたね」

あったかどうかでさえ定かではないが、少なくともあのサーカスで名乗った名前は彼女が欲しかったものではないと思った。
彼女が生きたかった世界はあの場所のようで少し違ったから

死者がどうなることか、死神でもないセバスチャンが知ったことではないし、興味もない。
彼らがその世界で幸あらんことを、だなんて迷信じみた人間くさい猿芝居だってうたない。



ほんの少しの後悔が胸を過ぎった。
馬鹿らしいことだと唇が弧を描く。

彼女の心は愚かな男に
彼女の身体は自分自身が

死者の行方は知らない
死者の魂がどこに行くのかなど

(いっそのこと)

(そうしたら、一緒にいられたのに)




食べてしまえばよかった



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