もう我慢出来ない、死んでやる、殺してやる、おまえらなんかみんな死んじまえ!
生まれて来てそれを思わなかった日なんて数えるくらいしかない気がする。

窓を開けて、客が置いて行ったタバコを一本拝借し、火を着けて一服し、目を閉じれば、もう聞こえるはずのない音が耳に響く、ただの想い出になっても、心を癒す、元気が出る魔法の音だ。
隣の部屋から規則正しい寝息が聞こえる。
姉弟に見られてもしかたないくらいの愛息子だ、いや、もしかすると魔法使いかもしれない。

森のピアノが焼けてからもカイがピアノを続けることを決めたとき、誰よりも喜んだのは他でもない玲子で、誰よりも疎ましく思っていたのは森の端の住人たちだ。
阿字野にピアノの教えを滸うカイを良しとしない彼らからの脅迫なんて毎日のように受けて来た。

昨日、カイが森の木に括りつけられていたのを見付けた時はもう我慢の限界を越えていた、でもカイを残して死ねるはずもないし、死にたくない、取った行動は阿字野に助けを求めることだった。



カイから彼に関する話を聞いたとき、とても不幸な人だったのだと分かった。彼女が見続けてきた彼の優しい笑顔は本当にここ最近現れはじめたものだと、その理由が彼女の宝物だというのだから、嬉しくて嬉しくてしかたなかった。
カイは世界で羽ばたけるだなんて、森の端しかない窮屈で劣悪な世界から自由になることが出来るだなんて自分たちでさえ考えもしなかったことを言ってくれた彼が大好きになった。

(…………参ったなぁ……)

傷付いた心を癒すカイの魔法のピアノはもう聞けない。
今日は思った以上に傷が深かった。

仕事柄、彼女にとって色恋沙汰なんてどうでもいいことだったはずだった。カイがいて、森の端という環境で二人で生きていくために、生活に必要なことをするために稼ぐ手段はアンダーグラウンドだったけれども、そんな彼女たちをちゃんと、一人の人間として対等に接してくれた彼に、



『あなたとカイ……二人で私のところに来ませんか?』



恥ずかしいくらいに耳に残ってる、本当に現実を一瞬だけ忘れて頷きたかった。



『いっそのこと養子という形で………なぁに、あなたも十分私の子供で通じますよ』



彼ももう何十年と色恋沙汰から離れて来ていたとは知っていた。
そしてきっと、二度と結婚どころか恋もしないつもりで生きてきたということも。


(…………馬鹿だなぁ、一瞬でも期待したなんて)


もちろん、森の端の厳しい現実が理由で断ったけれども。
とりあえずカイの自由を阿字野が獲得してくれたことを喜んだけれども。






『玲ちゃんはあいつのことが好きなのかよ』
『好きよ、むしろ大好き!』






(…………まさか、そういう好きだとは思ってなかったわよ)

思った以上に傷付いた心を癒す術は、黙って涙を流すこと以外もう知らない。
今はカイの寝息を聞きながら月明かりに照らされて胸の痛みが流れることを祈るばかりだ。





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