「オィ、そこの早弁野朗」


ワザと掛けたようなグルグル眼鏡を装着したオンナに俺はそう声をかけた。


「誰が野郎アルか。レディに対する態度じゃないアルね。」

「本物のレディだったら、昼休みに屋上なんかで人様からかっぱらった弁当食ってるはずはないんじゃないんですかぃ?」


最近、勃発する弁当盗難事件。

犯人はコイツ以外に考えられなかった。


「食うアルか?」

「ってゆーか、それオレのなんですけどねぃ。」


授業中に食べきってしまうから、本来の時間には自分の弁当がないと言い切る。

こんな奴が存在していいのだろうか。


しょうがないから、オレは間食用に持ち込んだお菓子の袋を奴の横に座って開け始めた。


「お前、食いモンいっぱい持ってるアルな。」

「…酢昆布やったら、弁当返しますかぃ?」

「マジでか。」


なんとなく言った言葉に過剰反応を示した女に「うっそぴょーん」と言って、笛ラムネをバカにするように鳴らした。

どうせ弁当はすでに空に近いのだろう。


「最低アル、嘘吐きは泥棒の始まりだと母ちゃんに習わなかったのか!!?」

「そういうアンタはとっくに弁当泥棒じゃないですかぃ。」


寝っ転がって、空を見ればチャイナ娘の桃色の髪が青と白のコントラストによく映えていた。

太陽の光に当たって輝くそれは眩しくって極まりない。


常時持ち歩いている、博多辺りにありそうなお面とそっくりな目が描かれたアイマスクを付けた。


「寝るアルか。」

「そうですねぃ。掃除時間が終わったら呼んでくだせぇ。」


昼休み後の清掃はサボる気マンマンだ。

どうせ、責任長は土方さんなので、怒られるのはまったく怖くなんてない。


「子守唄でも歌ってやるアル。」

「遠慮するぜぃ。」


雰囲気でチャイナがまだ飯を食っているのは分かった。

それを聴きながらウトウトし始め、結局はそんな物が子守唄代わりになってしまっていた。


 
「・・・・・・」

目を開けてもアイマスクのお陰で真っ暗だった。

親指で視界を作ると相も変わらず、白い雲はゆっくりと流れていた。

足元に異物を感じ、・・・寧ろ、痺れを感じていたので、そこを見やると、人様の足を枕にして寝ているバカが一名。


上半身を足元が動かないように起こし、しばらく、まだ覚醒しきっていない目でボーっとしていた。


規則正しい寝息を立て、仮にも性が違うというのにも関わらず、無防備極まりない。



暑そうな前髪を掻き揚げてやると、額が露見し、少し動いて、横になっていたが、仰向けの体制になりやがった。

やっぱり人様の足の上で。



「・・・もうダメアル〜・・・これ以上食べれな…ぃ・・・」



この期においても未だに食い物から頭が離れていないそうです。

コンニャロウ。


たまには意識してほしい。

コイツはあんまりにも無防備で、あまりにもお子様で。

迂闊に手を出したらいけないんだ。


子供は自由に遊ばせて、
 羽をどこまでも伸ばしてやるんだ。

邪魔をしてはいけない。

まだ、堪えなくてはいけない。




「そんな余裕…」

前髪を掴んで自分をムリヤリ押さえ込む。

落ち着けオレ。落ち着けオレ。



「…ねぇよ、もう。」

バァカ、とチャイナの額にゴツ、と自分のそれをあてた。




キーンコーンカーンコー…


と、お馴染みの学園生活ならではの音。

腕時計の時間を見て驚いた。



 授業開始。


「・・・やっべぇ・・・」

 
「おい、チャイナ起きろぃ!」

「ぅあ〜〜?銀ちゃんあと32.7秒…」


なんだ、その微妙な数字はぁあ!


「その銀ちゃんの授業に遅れてますぜぃ。」

「・・・別にサボってもいいアルよ。」


いいのかぃ。よく分かんねぇなこのオンナ。


覚醒しようと頭をブンブン振る様はさながら動物そのものだ。


「沖田ぁ…」

「何ですかぃ」

「お前、私の事が好きアルな。」


もし今、飲み物でも飲んでいたら、確実に噴出すところだった。


「何でイキナリ・・・」

「人が寝てる隙を狙うなんて男として最低アルよ。」


・・・あぁ、分かった。
起きてたんですねぃ。

本当に余裕なかったんだなぁ、自分。


「私を捕まえたいなら正々堂々と来るアルね。」


そう言って、武道等で相手を挑発するようにしかけるあの手の動作をやりやがった。


分かった。

正々堂々いこうじゃないですかぃ。



 
不意打ち。

だったかな、コレは。

また怒られるのだろうか。



本当に触れるだけのオレにとっては物足りないキス。



時間が止まったかのようにチャイナは目を大きくしたままで。

しばらくたって、漸く真っ赤になった。


「授業遅れるアル!!」

「サボるんじゃなかったんですかぃ?」

「お前ひとりだけサボっとけ、アホ!!」


嵐のように喚いて、走り去ってしまった。

思わず、くっく、と笑ってしまう。

覚悟はしてますぜぃ。

長期戦といきやすか。











「!沖田ぁ、なんで遅れたんだぁ、100文字以内で詳しく述べよ。」

「寝過ごしました。」


ったくぅ、と言いながら、銀髪の煙草をふかした先公は教科書に目を戻し、オレの席に指摘棒を向けた。


「早く席に付く。」

「はいよぉっと。」


「・・・まったく・・・沖田といい、神楽といい・・・先生は大変な生徒ばかり持ってしまったなぁ。」


自分のことは棚に上げて…何言ってやがるんでぃ。


「いいかぁ、次の授業には遅れるなよ。」


「へぇい。」と返事をすると、授業はいつもと変わりなく進んだ。


激しい視線を感じたので、そちらに目を向けると、チャイナ娘がすごい形相で睨んでる。


とりあえず今は、勝ち誇ったように鼻をならしてやった。


















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