寒空の下、1年7組の教室で水谷は豪快に鼻をすすった。

「さっぶぃ〜」
「そのままの事を言うな。余計寒さが身に染みる」

阿部にそう言われるや否や、後ろから首を絞めて…というより手をあてがってきた。

「つぅっめった…っ」
「お前のせいだから」
「絶対違うから!!!!」

半泣き状態の水谷をせせら笑い、阿部は花井に呼ばれて職員室へ行ってしまった。
今日はどうやら部長、副部長ともに部活に出るのは遅くなるらしい。
要はひとりでグラウンドまで行けってか。

「ヤル気がなぁ〜…」

向かいながらもブツブツと独り言を言っていると、余計悲しくなってくる。
ガタン、と特にこだわりも無く靴箱から通学靴を出して・・・というより落として、適当に履き、チャリのカギのキーホルダーの輪をクルクル回しながらまずは自転車置き場へと向かった。

「あ、水谷君」
「おー、しのーか。今から田島んちー?」
「まぁねー」

野球部マネージャーはどうりで教室にいなかったわけだ。

「途中まで一緒いこー」
「うん」

水谷の誘いにも軽く乗り、自転車には乗らず、荷物だけ乗せて押しながら歩いた。
グラウンドまで続く街路樹は常緑林であったためにわずかな温かさもないに等しい。

「さぁむい…」
「ねー。わたしなんか今からお米研がなきゃだからホンット辛いよー」
「うゎ…ほんといつもアリガトウゴザイマス」
「ちょっと、それほんとに思ってるー?」

あはは、と緩く笑う水谷に少々膨れたような表情を見せたが、は、と思い出したような顔になった。

「水谷君、ちょっとストップストップ」
「ん〜、寒いじゃん…」
「はい」

篠岡から差し出されたものと脳内カレンダーを照らし合わせてみた。
そして、ちょっと驚いた。

「あ、これもしかしてチョコ?」

いつもの反応ってこんなんだっけ、と珍しく考えながら言葉を選んだ。

「だよー。手作りだから補償は出来ないけどね」
「わー、ありがとー」
「いえいえ」

寒いから、とはまた別な理由で耳が真っ赤になっていた。

「ぅお〜〜〜い、水谷!篠岡!!」

後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

「おー、田島、三橋」

そのさらに後方からは泉がふたりを追いかけるかのようにこちらへ向かっている。

「へへーん、グラウンド一番乗り取られてたまるかっ!行くぞ!三橋!!」
「う、うん」
「だーっ、お前ら!!ちょっとは落ち着け!!!」

泉の制止など気にも留めず、二人はさらにスピードを上げて行ってしまった。

「大変だな、泉」
「まったくよ〜、なんなんだ、あの二人…」

泉が息を荒げていると、篠岡は鞄の中をゴソゴソと漁り、紙袋を発見し、その中からチョコと思われるものを泉に差し出した。

「はい、泉くん。いつもごくろーさま」
「え、何くれんの?サンキュー腹減ってたんだ」
「篠岡今日何個くらい持ってきてたの?」
「え?んーと野球部のみんなと友達と…ざっと20くらいかな?」

田島くんと三橋くんにも渡そうと思ったのにすぐ行っちゃったし…と篠岡が先頭を切って話しながら進んだ。
泉はポン、と優しく水谷の肩を叩いて、その後に続いた。

なんで今、泉にそうされたのか
そしてナゼ妙に胸が締められたような気がしたのか

水谷少年がそれを理解するにはまだ早い


・・・*・・・*・・・*・・・

(文貴の分は紙袋じゃなくて、鞄の中にはいってたんだよ!!)
【微妙すぎるこだわり】
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