朝の気温は昼間に比べると寒かった。
 だからと言って、やはり放課後は寒い筈は無い。
 むしろ。

「あーつーいぃーっ!!」

 ウォーミングアップのランニングが終わった直後、田島は何のためらいも無く、汗だくになったTシャツを脱ぎ捨てた。
 最早、それはいつもの日課となっているので、誰も何も突っ込まない。 それに倣うくらいの者まで出るくらいだ。
 さすがに地面に脱ぎ捨てまではしないけれど。
 カンカンと日差しが照らして乾いて熱気を帯びたグラウンドに放水中だった千代は彼の声でみんなが戻って来たことに気が付いた。

「おかえりー」
「、た、だいま」

 ぜぇぜぇ息を切らしながら帰って来る面々。
 一番後ろで自転車に乗って彼らを追い回していた監督は今日もまた前よりペースアップして来たようだった。

「はーっ、グラウンド涼しいわーっ!」

 良い汗かいたぁ!と言う監督に意見する部員は誰一人としていない。

「しのーか、俺水撒くよ」
「あ、ありがとう水谷くん、じゃあ私、アクエリ持って来るね」

 ホースを渡すと、ちょっと熱の籠った頬を持つ水谷に笑い掛け、千代はパタパタとジュースを冷やしている教官室へと駆けて行った。
 水を撒いたところからみるみる地面の色が変わっていく。
 10分もしない内に元に戻るけど、そこは確かに他の場所に比べると格段に涼しくなっている。
 打ち水なんて考えた日本人スゲーなーと、どこか惚けた思考をぽわぽわと浮かべる水谷に田島の声がかかった。

「みぃずたにーっ! 水かけてかけてーっ!!」

 この場合、田島本人にってことだろう。
 おー!と返事をすると田島は自ら水に向かって来た。
 涼しーっ、と大声をあげる田島に反して、こらーっ、と怒声をあげる花井がいた。
 誰も相手にしなかったけれども。

「水谷! ホース貸して貸して!!」

 田島に言われたままに渡すと、案の定、花井の顔面めがけて水を放った。
 調子に乗った田島は他の部員めがけてもやりはじめた。
 手始めにやられたのが一番近くにいた水谷で、近い、と言うよりむしろすぐ脇にいた水谷にかかった水圧はタダ者ではない。

「たぁじぃま〜〜」

 濡れた髪から水滴を落としながら水谷は多少恨みのこもった声音で、名前を呼んだ。
 当の田島は水谷の方を見て至近距離で笑う。

「あっはは! 水谷、海坊主みてぇ!!」

 なんだと!と拳骨をつくり、阿部が三橋に頭をぐりぐりするのを真似た水谷から逃げるように田島が避けた。
 ときだった。

「みんな〜、アクエ」

 最後まで言う前に千代の顔面に水を当ててしまった。
 げ、と思ったときにはもう遅い。

「た、田島くんーっ!!!!」
「わりーわりー、しのーか! 三橋〜! 水止めて止めて」

 蛇口近くにいた三橋に田島が頼むと三橋はオロオロしながら蛇口を右に回した。
 水の強さがあがった。

「三橋! 逆逆!!」

 そちらで一悶着している間に水谷はベンチに置いていたスポーツバッグからタオルを取り出し、千代に渡した。

「しのーか、上濡れたっぽいから。 着替えあるでしょ?」
「あ、タオルあるのに。」
「大丈夫、オレもう一枚あるし」
「んん、じゃあちょっと借りるね」

 そう言って、西浦マネジはアクエリタンクを水谷に渡して、また同じ道を戻って行った。

 ほとんどの部員は田島を怒鳴る花井などに注目して笑ってる。

「しのーか、危険だったね」

 栄口が開口一番にそう言った。
 水谷はタンクをベンチに置いて栄口を見た。
 まだ頬が赤い。
 走ったあとだから、暑いから、それとは別に。

「…み、見えた?」
「いや、ギリギリセーフ」

 栄口が安心しろ、と言う風に水谷の肩を叩いたが、予想に反して、水谷はタンクに手を置いたままシオシオとしゃがみ込んでしまった。

「…オレ見ちゃったよー」

 罪悪感半分、安堵1/4、羞恥1/5、あろう事か、残りが今の心拍数の原因。

「うぁー、しのーかゴメン…」
「気にすんなよ、水谷。 第一、ここには今しのーかいないからな」

 栄口は苦笑しながら、チームメイトを慰めた。
 ポン、と水谷の肩に栄口とは他の手の圧力がかかった。

「気にすんなよ、水谷」
「阿部…」

 珍しく自分に優しい阿部に感動した。そう思うのも何だか悲しいけれど。

「白いTシャツのくせにピンクのブラしてた篠岡が悪いから」

 一瞬、水谷は口をあんぐりと開けて固まり、それが解けた瞬間、真っ赤になって「あ゛ーっ!!」と大声を上げた。












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