バットが風を斬る音で川のせせらぐ音はほとんど消えていた。

「823…824…」

 呟く声に比例して、素人目では分からないにしても、どんどん振り遅れていっている。
 850に満たないうちに、野球少年はねっ転がってしまった。

「ちっくしょー…」

 まだノルマは超えていないのにこんなに疲れが来るなんて。
 腕を壊したときのブランクの表れだ。

「………」

 川原に寝そべっていると、次第に夕方から夜へと移って行く様子がありありと見える。
 自分とはなんの関係もなく、ただただ時間は過ぎて行くんだよな、あー無常。などと考えているとだんだん自分が可哀相に思えて来た。
 星が光っているのに回りの灯の為に全くと言って良いほどに見えない。
 自分と重ねてしまう。
 しかし、こんな事ばっか考えてんのは、少年の性格上、ここまでが限界。
心機一転、やり直しだ、とバットを構えようと立ち上がるや否や、突然出来た人影に驚いた声が聞こえた。

「うわっ!………あれ?山本?」
「ん?おーツナじゃん」

 見知った相手だと分かると、綱吉はほっと胸をなで下ろした。

「何してんだー?」
「オレー?ちょっと母さんとか居候とかに買い物頼まれちゃってさー…」
 がさ、と店の名前の入った袋を持ち上げた。
 なんで俺が…と不満半分、断れない雰囲気に屈した感がありありと伝わって来た。

「ははっ、そりゃ大変だったな」
「山本は自主練?エラいねー部活終わった後なのに」
「んー、なことねーよ」

 ブンっと一振りしてまた止まった。

「なんかさ、ブランクあるし、振っても振っても上達してる気がしないんだ」
「そんな事…」
「あるんだって。むしろ、前の方が上手かったんじゃね?みたいなのが」

 山本は綱吉に背を向けて川を見つめた。
 思った以上に、今の気持ちを口に出すと、ぐ、と心臓を鷲掴みされたように苦しくなった。
 堪えないと、多分、情けないとこを見せてしまうと思えて仕方なかった。

「山本…」
「もっともっと巧くなりてーのにさ」
「なれるよ!!」

 思った以上に大声だったらしく出した本人もびっくりした顔だったが、驚いて振り向いた山本に綱吉は詰め寄って、バットを握っていない方の手を取って本人に見せた。

「これ、頑張った証拠でしょ」

 綱吉の手と比べると違は明らかだった。

「巧くなるよ、人一倍頑張ってんじゃん」

 言い終わってしまうと、何言ってんのオレっ!?どーいう顔をすれば!?と迷っている。
 山本は口許に笑みを含めて、綱吉の肩に腕を回した。

「うわっ」
「だよなーっ、うん、なんかヤル気出て来たわ、俺、サンキューな、ツナ」

 ニィと笑うと綱吉は困ったような顔をして笑い返した。
 つい先日まで正面な友達がいなかった彼の行動が堪らなく愛しく感じた。
 山本は不意に顔ちけーとか思って、より近付こうとした瞬間、ぐしゃ、と言う音と「あっ!!」と言う声が耳元で聞こえた。
 買って来たものが潰れたような音。

「やばっ!そーいえば俺、卵とかチビたちにアイス買ってたんだった!!」

 ばっと山本の腕から逃れ、袋を拾って中身を見て涙目になった。

「あーっ!!!!割れてる…っ」
「大丈夫かぁ?」
「…母さんなら平気だけど…今やビアンキがいるからなぁ」

 参ったなぁ…と渋い顔をして、立ち上がった。

「んー…まぁいーや。お金ないし…」
「おいおい大丈夫かぁ?」
「…うーん…」

 保証は出来ないらしい。
 綱吉は川原の上の道へ戻ろうとした。

「サンキューな、ツナ。なんかスッキリしたよ」

 山本の言葉で振り向いて、嬉しそうにはにかんだ。

「ううん、オレで良かったら何時でも言って。じゃ、また明日」

 綱吉は大きく手を降った。

「んーじゃーな」

山本もそれに応えた。
 綱吉がしばらく歩いて完全にこちらを見ていないことを確認して山本は自分の手を見た。

 頑張ってる、か。

「よーし…」

 再び、バットが風を斬った。

「……あれ?」

 何回目だっけ?とバットを握る手を見つめた。
 記憶を掘り起こそうと悶々としていると、不意にそれとは関係ないことを思い出した。

…顔が近くにあって…もっと近付こうとして…え、俺何考えてたんだ?

 思わず口を押さえて真っ赤になった。
 有り得ない。
 なんでそんなことしようと思ったんだ。
 ツナは友達なのに。
 そうだ、友達だ。

 一瞬勘付いた気持ちに蓋をして、また大きく振りかぶった。

「…違うな、もっと腰を捻んなきゃ…」

   ぶんっ

「…お」

 今の結構いんじゃね?と確かな手応えを感じた。



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