一年と半年後、急に転機が訪れる。
一瞬で世界が暗闇に変わった。
試合中の暴投が目に当たり、不思議な音がして、気を、失った。
このまま、野球をつづけるのは難しい、と医師に言われたが現実味は全くない。
情報は嫌でも外から入って来る。
片目の視力は戻りそうにないと。
くやしい、とか激しい感情は起こらない。
ただ、なぜ、を繰り返すことしかできない。
ぼぅっと考えてみたら、自分は唯一の伝達手段を失ったのだ、と思った。
8年も会っていない親友が自分に起きている状況を知る所以が無くなってしまう。
親父もファンも病院関係者も、みんな励ましてくれる。
明るく受け答えはしても、心の中はいつだって泣いていた。

病院の変更は海面下でひっそりと行われた。
新しい病院は、空気が乾いている。
知らない土地で、周囲の目が当たらなくなりやっと羽を伸ばすことができた。
そんな折り、突然、手術室へと連れて行かれた。
麻酔がかかり、すべての感覚が麻痺して、意識もなくなった。
って言うか、いったい何の手術なのか、確かに心ここにあらずな状態ではあったけれども、説明は受けた覚えがない気がする。

手術を終わると病室に戻された。
夢をみた。
野球でホームラン打って、ホームベースに帰って、夢だからすぐに見つけることができた。
 観客に混ざって、笑うツナ
まわりに獄寺も笹川とかもいる。
出来ることなら、目が、手が、その方向に伸びる。
確かな感覚を覚えた。

「気が付いたか、山本」

懐かしい声に目をやる。
片方だけ、暗い。

「ご、く……」
「…たっく、しばらく見ねえ間に調子乗ってるからバカを見たんだよ」

久々に会った獄寺は少しだけ背がまた伸びてて、黒いスーツを纏っていていかにもな社会の一員だった。
病室の窓を開けて咥えたタバコにライターをピンッ、と開けて近付けた。
なるべく外に煙を出そうとしているようで、次は携帯を取り出して電話をかけた。
病院なのに…と思うのと、さすが獄寺!と思う気持ちが半々だった。
久方振りに見た友は、なんだか現実味に欠けている。
獄寺の携帯が閉じた音で我に返った。

「久しぶりだな、獄寺!」
「出来ることなら一生会いたくなかったぜ」

見下したように顔に影を落とす獄寺は昔と少しも変わってない。
望んでいた、欲していた雰囲気が蘇る。

「良かったな」

へ?と返す表情と獄寺が自分の目を指差したのは同時だった。

「感謝しろよ、十代目に」

心臓が脈打った。
病院の廊下から無機質に規則正しい靴音が響いて来る。
病室の扉が開き、獄寺と同じような黒スーツの男が3、4人入って、喩えるなら小学生が卒業生を送るように人間アーチをする形になって、入口を一人ずつしか通れないように並んだ。
獄寺がその方向に恭しく頭を下げた。
他の靴音は外で止み、一人分のだけになる。
期待が胸を痛い程に叩く。

「つ…」
「山本、久しぶりだな」

第一声に驚いた。

昔と、違う。


予想以上に身長も伸びていて、顔の作りは変わらないけれども、精悍さが増していた。
何よりも目付きが違う。
話したいことはたくさんあった、はず。
なのに彼の雰囲気がそれを静めさせている。

「俺が頼んだんだ、突然の手術、びっくりしたろ」

返事より先に自分の手が目に触れた。
眼帯がついてる。

「持てる技術を尽くさせたから視力はある程度、戻るはずだ」

綱吉は獄寺がそそくさと用意した簡易椅子に座って山本を見据えた。

「…ツナ、よくわかんねーんだけど」

俯いていた綱吉は胸の内ポケットから指輪を取り出した。
山本は思わず息を止めた。
見覚えが、ある。
なくしたかもしれないと思っていた、スクアーロからもぎ取ったリングだった。

「向こうではもう、山本は再起不能ということになってる」

綱吉は言い辛そうな顔をしていたが、声は淡々としていた。
山本はそれが引退よりも辛い気がした。
指輪を放り投げられ、うまいことキャッチした。
じわり、と温もりが感じられる。

「野球界じゃもう山本は選手として不要だ」

ぎゅ、とリングを握り締めた。
分かっている。
誰よりも野球が好きだった自分が誰よりも潮時だと分かっている。

「…すまない、キツいことばかり言って」
「いや…」

綱吉は山本のベッドサイドに座り、指輪を彼の手から取り上げて、代わりに彼の指にはめてやった。
ゴツめの指輪が鈍く光る。

「俺も俺で頑張ってる、だけど、どうしても力が足りないんだ」

綱吉の目が山本を捉えた。

「山本は、俺についてきたら良い」

必要なんだ、と今の山本にとっての甘い言葉が耳に、胸に止まる。
ふいに込み上げて来た。
今までの葛藤が。
ひとりで悲劇のヒーローを気取るよりも、良いことが待ち受けているだろう、綱吉の頬に手を伸ばした。
ひやり、と冷たい頬に触れた瞬間、ガタ、と部屋が揺れた気がした。
先ほどのガードの黒スーツの男たちや獄寺が条件反射で、日本で普通に生活する上では見掛けないだろうものを、山本に向けていた。
綱吉が制止をかけてなければ、ガシャ、とリボルバーを外されていたかもしれない。

「俺は、こういう世界の住人になった」

頬に触れる山本の手を、今までの言動からは、はるかにかけ離れて、優しい力で握った。

「どうする」

 もう、後悔したくない

大切なものに順位はつけたくないけど、少なくとも今の気持ちは


「楽しそうじゃん、俺も混ぜてよ」

中学の頃に戻ったみたいだった。
ここにはいないのに、幻聴で小さな、リボーンの「いーぞ」という声が聞こえた。

「楽しくするのは、山本次第だよ」

野球は、引退を余儀なくされた。
山本は、新たに契約を結んだ。
前からどうしてこんなにイライラしているかももう見当がついていた。
今の綱吉がどういう立場なのかはなんとなく見当がついた。

 障害はあればあるほど燃えんだよ

日本で寿司屋を営む父が昔言った言葉が甦って来た。
その通りだ、と笑ったのを覚えてる。

「ボス、俺の最初の任務は?」

聞き慣れない外国の言葉で綱吉は呼ばれ、同じ言葉で彼は応対して、立ち上がって部屋から出て行こうとしていた。

「視力回復」

指を目に向けられた。

「了解」
「じゃあ獄寺、あとはよろしく」
「はいっ」

獄寺の忠犬っぷりは昔と全く変わっていない。綱吉が出て行った後には獄寺だけが残った。綱吉が見えなくなると途端に眉間の皺が増えた。ぶつぶつと念仏のように言葉を並べている。
残念だが、母国語だったため、山本には理解出来なかったが、持ち前のなんとなくの勘では「なんで俺がこいつの…」「10代目の右腕なのに、いや、でも俺にしか頼めないって…」という類いかな、と思った。

「ツナって何か変わったなー」
「変わってなんかいらっしゃらない。ただ、守護者以外の部下の前では言葉遣いとか変わるだけで」
「守護者って」
「お前以外の5人だ」
「ツナって恋人いる?」

流れで答えそうになった獄寺は耳だけ赤くしていた。
なるほど、やはり障害があるらしい

ついていくどころか、連れてってやるよ
と、心の中で言ってやった。
どこに、とは語らないことにしておく。

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