眠り込んでいたら、前の席にいた獄寺に頭をはたかれた。寝ぼけた目ぇしてんじゃねー!野球バカがっ!!と白目で怒りながら配布プリントを回して来た。担任が視界に入り、やっと、あぁ、今HRだったんだ、とぼんやり思った。
何だこれ?
質問に答えるように担任が用紙の説明を始めた。

「しんろきぼーねぇ」

正直、実感は全然ない。
高校2年生、野球部エース、3年引退後すぐに4番に起用されていた。部活に友達に部活に忙しい日々を送っていた(決して勉強にはではない)。

「いいじゃん、山本は。プロ野球選手、でしょ?」

屋上でツナと獄寺と昼食をとっていたときにツナがそう笑った。

「まーな」

でもなんとなく、思ってきた事だけれども、多分、自分はきっとこの2人の友人と離れたくない、と思っていた。野球の試合で自分は気にしたこともなかったけれど、ビデオを回してるおっさんがいっぱいいて、チームメイトが、どこかの球団のスカウトだとか騒いでいた。
きっと、山本は最後の甲子園が終われば野球推薦で大学が決まるか、そのまま球団に入るだろう、とも言われた。今まで言われてたことと変わりないから、気にしてなかったけど、考えてみたら確実に2人とは別の道に進むのだ、と急に実感してしまっていた。

「獄寺どーすんの?」
「十代目に一生付いて行くに決まってんじゃねーか」
「ツナは?」

ギクッとツナの表情が固まり、身体が少し飛び跳ねた。ツナがためらいながら口を開いた。

「…に、日本語教師…かな」

思わず息が止まった気がした。
進路、本当に違いすぎる。それどころか。

「ほ、ほら、獄寺君もリボーンもディーノさんとかもみんなイタリア出身じゃん! だからどんな国かなーって!!」
「…イタリア、に?」
「…卒業したら、渡伊するって父さんとも話したんだ」

考えが甘かった。
球団入ったら社会人になってしまうから、学部が違ったら、大学が違ったら、県外だったら嫌だと思っていた。まさか国からとは。

「初耳だな」
「俺も人に言ったの初めて」

嘘つき、と頭の中でツナを非難する声が聞こえた。獄寺には、言ってたんだろ、なのに俺には。

「…そっかー、ってことは俺だけかよ日本にいるのはー寂しくなるなー」

がし、と脳内では非難を浴びせている相手の肩を掴んだ。うわっ、と驚く声と、てめー!十代目に何してやがる!!と怒り出す声が同時に耳に入った。笑ったけれど、内心、ぽっかりと穴が出来た気分。

それから、びっくりする程あっと言う間に卒業して、山本の家でさよならパーティーを称して騒いで、契約を交わした球団の練習に混ざって、その為に、日本からいなくなる友人2人の見送りにも行けなかった。
球場の時計を見ると2人が乗る予定だった飛行機が発って18分経過していた。
休憩時間に携帯を見たけど、着信もメールも2人からのは入っていない。
そうだよな、もう、あいつらと同じ土は踏めないんだよな、と頭で思うと胸が締め付けられた。
鼻の奥がツンとした。
TVでしか見れなかったような監督に褒められても、取材陣に持囃されて、巷で女の子に騒がれる数がどんなに増えても、満たされない気持ちでいっぱいだった。
野球をやってるときだけ、それを忘れることができた。今まで以上に野球に耽るようになった。
他のことと言ったら、中学生のとき凄い戦いを経験させられた長髪の男スクアーロが山本を挑発するために送って来ているとしか思えないビデオレターを見て、剣道場に言って時雨蒼燕流を磨き、スクアーロの技を盗むことだけ。
毎日毎日、大量の届け物を受け取る。
取りあえず、いつも、目を通すけれども、海外から、イタリアから来ているものは、スクアーロのやつしか見たことがない。
ときどき、情けないことに涙が出そうになることがあった。


シーズンオフに、並盛に滞在している時間はいつも以上に長い。
でも、外を歩くと自分のまわりが人で溢れかえり、大変な思いをするから出来るだけうろついたりすることは無かったけれどもこれは、特別、と久しぶりにツナの家に行った。
インターホンを鳴らすと軽やかな足取りが聞こえて、沢田家のドアが開き、見た目は、少なくとも山本の目には全然変わらない、ツナの母親が出て来た。

「ちーっす」
「あらぁ、山本君」

扱い方も全然変わってないのが嬉しかった。
家に入るように勧められて、言葉に甘えることにした。
奈々は山本に飲み物の注文を聞くと、ダイニングテーブルに座るよう指示した。

「すっかり人気者ね、ここまで無事に来れたのが不思議だわー」

ふふ、と笑いながら山本に緑茶を渡しながら奈々は向かい側に座った。

「山本君、顔隠したらいいのに」
「いやぁ、いつも応援お願いします!って言ってるのに顔隠すなんて、矛盾じゃないですかぁ」

山本の言葉に奈々が楽しそうに柔和に微笑む。
胸の奥底に眠っていたツナの笑顔がふいに蘇って来た。
今の年齢より随分と幼いけれど、それが一番、最近の彼の記憶のひとつ。

「ツー君も喜んでるわ、山本君の活躍ぶり。でもおばさんは山本君が変わってないことが凄くうれしい」

照れ臭くて、ありがとうございます、と短く言って、お茶を飲んだ。
まだ熱くて少し舌が火傷してしまったようだったが、恥ずかしいので何も言わなかった。
ジンジンする。

「おばさん、ツナと連絡してるんすか」

期待も半分以上に込めて質問した。
しかし、予想に反して、奈々は首を横に振った。

「誰に似たのかしらね、ときどき、絵葉書を送ってくるだけよ、汚い文字で短い文章が少しあるだけの」

ちょっと待ってて、と奈々は立上がり、すぐに例の絵葉書を溜め込んだというクッキー缶を持って来た。

「あの子ってば、出国の時には携帯解約してて、電話もずっとしてないのよ」

山本に見ても良い、と促して蓋を開けると、日本を離れてる年数の割には少ないくらいの枚数しか入っていなかった。

「一番最近のは、今年のお正月のかしら」
「…おばさんは」

山本の手に力がこもった。
深爪気味の爪が手の平に食い込んでいる。

「怒りたくならないんすか? なんで、連絡のひとつも寄越さないって」

 俺は、一人だけ取り残された気分で


無性に泣きたくないのに、力を込めているのに涙腺が弱っていた。
奈々は少し黙って考え込み、笑って山本の問いに答えた。

「私は慣れてるもの、それに言うじゃない? かわいい子には旅をさせろ、便りがないのは無事な証しって」
「…そんなの、屁理屈じゃないすか…」
「…そうね、でもそう思わないと。恨んでも仕方ないわ。それ以上に、私は淋しいだけだわ」

奈々はテーブルの、余白を見て溜め息をついた。

「ほんのちょっと前までみんなそこにいたのにな、ってよく思うわ」

奈々はお茶を飲んで、一旦話を区切った。

「でも、もう皆子供じゃないんだもの。皆、自分で考えて、自分で納得して、家を出て行ったわ。私は…またみんなにここに来てもらって、ご飯食べたりしたいなって思う。だからみんなを待ってるの。良い女は黙って家で待つものなのよ」

お嫁さん選びの基準にしなさい、と奈々は茶目っ気たっぷりと山本にウィンクしてきた。
思っていた以上に、自分はまだ子供だったんだな、と思った。

「おばさん…深いっすね」

ず、と服の袖で鼻を拭って、恥隠しにお茶を飲み干した。
随分と冷めたお茶は、奈々の言葉が胸に染みたように、水分を求めていたらしい五臓六腑に染み渡った。

「…実は俺、アメリカの球団から声かかったんすよ」
「まぁ、え、山本君メジャーデビュー?」
「まだ公式発表してないっすけどね」

そう、と奈々はお茶を啜った。

「…みんな、遠くに行っちゃうのね」

寂しそうに、笑う。
その顔は、ずっと見ていない親友を彷彿させて、なんだか悲しい。

「ツナにも教えたかったけど、おばさんも会えないし連絡とってないくらいっすもんね」
「あの子のことだもの、絶対山本君に起こってること、言わなくてもぜんぶ、分かってるわよ」

ね?

奈々の優しさが、寂しかった心を濡らしていく。

「…俺、アメリカ行ってもおばさんと連絡していっすか?」
「ま。もちろんよ、山本君ってば、ツナよりおばさん孝行だわ」

胸のつかえが取れたような気がした。
いつか、きっとまた会える予感がする。

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