ゲートを抜けると、そこは人ごみだった。
ハオは携帯の電源を入れなおした。
メールは…来ていない。
おいおい、いったいどうやって依頼主と会えと言うのだ。

ハオは落胆して、無駄に歩く事が面倒だと思い、近くの観葉植物のプランターの淵に座り込んだ。

シルバに言われたことを整頓してみる。
・依頼では殺害するのは依頼主本人である
・ただし、日時状況さえもを指定されている
・その日まであまり側を離れないこと
 …むしろ守ること

そして、最も異常なのは
・殺し屋を指名したこと だ。

以上のことより、依頼者は、多分、相当な変わり者…といったところだろうか。
ただの、自殺する勇気が無い奴とは違っている。

最も、自分から「死のう」とすることも冒涜だ、とハオは思っている。
何への、というのは別に、神でも人間でも生にでも、何でも良かった。

…と言ったところで、職業柄、それらへの冒涜が激しいのはやはり、彼のような者なのだろう。


「ねぇねぇ、お兄さん」

ハオはそう呼びかけられ携帯を扱っていた指を止め、顔を上げた。
そこには如何にも遊び盛りな女の集団。の代表一名。
それを遠巻きに見ている女が「あ、やっぱカッコイイ」と隣の奴と話してるのが聞こえた。

「もしかしなくても、今暇ぁ?」


あぁ、行く当ても無く歩くのと、こんな面倒臭そうな奴らの相手をするの、どっちの方が楽だったかな、と思ってしまう。

「ゴメンけど」

と言って、ハオは彼女の脇を通り過ぎようとした。
が、相手は相当しぶとく、それどころか、前を遮った。

「ちょっと待ってよ、だってず〜っとアソコで携帯やってただけじゃん。もうどんだけ経ったと思ってんの?」

そういうお前は、いったい何時から僕を見ていたんだ、と返そうかと思った。
早く、仕事内容を教えてくれ。
クライアントはまだか。



「遅れてスマン」


その声は、女の向こうから聞こえた。
トレーナーのフードを被った、十代後半らしい、男。


「行こう、‘ハオ'」

フードを脱いだ‘彼’はハオをしっかと見つめていた。
確かに、彼は薄く、笑みを浮かべていた。
そしてハオを呼びかけていた。

ハオは女からとっとと立ち去り、彼に近付いた。

「とりあえず、アイツらから離れるか」

彼はそう言って、ハオの腕を引っ張った。


この温もりを持った少年が。
あの冷たい銃口の標的。

目の前のターゲットに、ハオは一種の興味を抱いた。

今だけは、ターゲットをロックオンしているのは他でもない、ハオだけで。

     


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ねぇ、どこまで行くの?」

ハオの手を引いていた彼が、ようやく、はっとして止まった。
気のせいか、顔が上気したようにも見える。

「す、すまん」

パッと放された右手が熱気で潤っていた。

 …ヒトの温もりに直に触れたのは何時ぶりだろう…

ふ、とそんな考えが浮かんだ。
バカらしい、と思い直したけれども。
少なくとも、彼の無くしていない記憶には訓練か、行動か、それくらいしかなかった。

「・・・ねぇ」
「うぇっ!?」

「・・・何をそんなに脅えているの?」

ハオは彼に近付き、くしゃ、と彼の髪を上げて、額に手を当てた。
冷え性気味の手と比べて、それは温かい。

「・・・詳しいこと、説明したいケド・・・」
「まだ、危険なの?」

彼は頭を俯いたまま横に振った。

「・・・どれくらいが危険で、どこから安全なんか、全然分からん・・・」

「・・・僕に殺されるのが怖いんじゃなくて?」

質問攻めな自分がだんだん気持ち悪くなってきた。
同じヒトとこんなに話すことがあるとは・・・
しかも、それは後程、自らの手で消える人間。

彼はまた頭を横に振った。

「お前になら、怖くない」

ハオは奇妙な引っ掛かりを覚えた。
 お前になら―

「・・・狙われてるの?」

彼はまた頭を振った。今度は縦に。


「・・・おいで」

今度はハオが彼の手を引っ張り始めた。
冷たい指先が温かい手の平に滑り込んで、ひやっとしたはずなのに微笑んだ、彼の表情をただ、ハオだけは見ていない。

「とりあえず、ホテルに入るけど・・・」
「・・・まぁ、外よりはイイ、かもしれん」
「よし、決まり」

ハオはシルバが手配したホテルへと進んだ。
柄にも無く、手を繋いだまま。

そのときは分からなかったが、後になって考えれば、きっと
ただ心地良かったのだろう。

シルバから手配された場所はホテルと言うよりはモーテルに近かった。
真面な奴が出入りするには敬遠される感じがする。

だからと言って別に何か支障があるわけではないのだけれども、なんとなくこの依頼人と一緒に入りたいような場所ではないことは断定できる。
彼はと言えば相変わらず伏せ目がちではあるものの、繋いでいた手はいつの間にか冷たさを感じなくなっていた。

ん?とハオは手を繋ぎっ放しだったことに気がつき、部屋に入ったから大丈夫だろうと相手にも確認を取り、漸く放した。
むず痒い気がして、汗っぽくなってしまっている手を振った。

「で、君の名前は?」

ハオは依頼人に問い掛けた。
本来ならどうでも良いことだが、こいつは何だか厄介なことになりそうな気がする。

ハオは相手に安心させるために笑っているのと対称に依頼人はジロリと睨んで、ふー、と溜め息をついた。
そしてボソリと声を洩らす。

「……ほんとに何も覚えてないんな」

「え?何か言った?」
「別に」

少年はハオをあしらうとベッドに腰をかけた。

「よう」
「ヨウ」
「ん。葉酸の葉な」
「なんで葉酸」
「深い意味はない」

ハオの中で彼の第一印象は『変』で決定した。
いや、変わり者だとは端から思ってはいたのだが、少しは心配し始めていたのですっかり忘れていた。

いや、心配するなよ、自分
どうせ相手は僕が殺すんだから、情けなんて邪魔物以外の何でもない。

ハオは聞きたいことがあったが、一気に言うことが出来ずに、苛々して、わしゃわしゃと頭を掻いた。
癖のない長髪が揺れる。

葉はテーブルを軽く腰を落ち着ける場所にしたらしく、結果、ハオと向き合うかたちになった。

「よし、じゃあ本題。仕事内容教えてくれる?」

「おう。実はオイラ、ある宗教団体に殺される予定なんよ」

ハオの笑顔が凍った。
対して葉は淡々と話を続ける。

「絶対の救世主ってやつをもり立てるためにな」

頭を掻き上げ葉は言葉を選びながら話を進めた。

「正直、思い出すのも嫌だったらしくて、つい最近なんだけどな、思い出したの」
「……被害妄想?」
「ちげーよ」

ヂロリと葉はハオを睨んだ。

「なんだったかな…確か、オイラが生まれる前に占いで不吉な結果が出たらしいんよ。で、両親は子供を連れて逃げ回ったのに最終的に、鬼に捕まった、ってところだな。そんでその子供は誘拐被害に遭った」

「だからって、なんで殺されるまで話が飛ぶんだよ」
「“神のおかげで禍の元凶を探し出せた、そして鉄槌を下してくださった”凄い妄信だろ?」

葉はそう言って笑ったが、ハオは慣れない世界の話で混乱していた。

信仰のために人をも危める?
そんな神がいてたまるか。

まだハオのような職業の人間の方がマシじゃないか。

「とにかく、オイラはオイラの人生を壊しやがったあいつらに一泡吹かせたいんよ。その為には、信者の前であいつらに殺される前に、他の誰かに殺害されたいってワケ……………って、おい。聞いてるんか?」

思考が深い闇に捕われた。葉の一言でハッとそんな自分に気付いた。
はっきり言うと同情していた、まさかそんなものが自分に残っていたとは、と自嘲気味に笑う。

「分かったよ」

止めよう、だなんて野暮なことはしない。相手は死を望む依頼人だ。
そのうえ、他の奴にも殺されようとしている、ならば自分が殺って、金を受け取った方が都合がいいだろう。

「よろしく、葉」
「しっかり頼むぜ、ハオ」

契約成立、と結んだ手の平は温かい。
少しでも長く葉に触れていたい、だなんてキャラにもないことを考えていた。
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