参った。
心の準備なんかしていたはずがない、常日頃、なんとかなるで通してきたつもりだったが、ここ最近、シャーマンファイトにがっつり関わり、特にハオに関してのこととなると多少なりとも心の平穏は掻き乱されてしまっている。



X‐LOWSのメンバー3人が引き起こしたハオ抹殺計画は失敗に終わったが、シャーマンファイトの存在を非能力者である人間が何かがある、と感づかせる程の大きさの衝撃を与えていた。
その結果を煩わしくは思うが、ハオにとってはいつもの宿が無くなった、ということの方が問題だった。

夜になって、仲良し身内戦いを終えてのんびりしていた葉たちがひと風呂浴びているところにお邪魔し、さらにジャージ姿で葉たちが寝食をしている宿の部屋へ上がり込み、ハオのその日の宿は葉の寝泊まりしていた部屋に決まった。また、それは人間としては最後の眠りになった。
襖から未使用の蒲団を拝借して、三つ折りになっているそれを広げた。
少し離れたところにすでに広げてあった蒲団の上に葉は表情まで固まりながら正座している。
苦笑を噛み殺して、ハオは枕を投げ落とし置きた。

「何もそんなに緊張することないだろう」

蒲団に潜り込みながらそう言うとやっと葉も緊張の糸が途切れたように我に返り、同じように蒲団の中で横になった。

「‥‥‥緊張するなって方が無理だと思うぞ」
「僕は他人の寝込みを襲うほどちっちぇえヤツじゃないよ」
「‥‥どうだかな」

上を見ながら寝ていた葉にハオは風呂場で見せたオーバーソウル黒雛の鬼火について語り出した。 葉の唯一といっても過言ではない、俗世間側の友人の父親をはじめとした人間たち相手の最後の修業でさえ追い越すどころか追いつけるはずのない力は百聞は一見にしかずと言えども、見るだけではなく、聞くことでさらに恐怖心を与えてやろうという魂胆とまではいかないが、最後のあがき、だったのかもしれない。

「‥‥そんなんオイラどうでもいいんよ」
「‥‥そうだな、お前の心は全くそんなこと気にしていない」

目を閉じて葉の心を読み上げると自然と笑みがあがった。
ごろり、と横で態勢を変えた音とこちらを見詰める視線を感じた。
首を傾けて少し赤くなっている葉を見詰め返す。

「‥‥‥こんな時に言うのもあれなんだが」
「うん」
「‥‥恥ずかしいな」
「そうだね」

葉が昔、長い間だと感じていた時間の寂しさは、もしかすると兄弟姉妹がいれば紛れたかもしれなかった。
当時は知り得ないことではあったが、家族皆が葉にハオを重ねないというにはまだ無理があり、それとなく怯える節があった。無遠慮な存在がいなかった。腹立たしいやもしれないが、心置きなく接することができる相手がいなかった。

葉が東京に出て来てから、初めてまともに友達ができはじめた、しかし、蓮と弟を可愛がる姉の潤、ホロホロと兄をサポートしようと奮闘するピリカ、さらにまん太も嫌だ、苦手だと言うが妹がいる。
どれだけボロクソ悪口を言っているようでも、そんなことを言える、思える存在がいることが羨ましいと感じていた。

「正直、お前がオイラの兄だとか言われたとき、そりゃあびっくりしたし、使命、みたいなプレッシャーとかいろいろあったけどな、少し、嬉しい気もしたんよ」

恥じらいをごまかそうとぎこちなく笑う葉を見てハオも寝返りを打ち、枕の横に肘をうって頭を支えた。

「‥‥お前がもし、普通の兄ちゃんやってたらこんな風に一緒に寝たりしてたんかな」
「そうかもね」
「想像もつかないんよ」

葉が笑い、それに微笑みを返したが、すぐに目からそれが冷たいものに変わった。

「でもそれはあくまでも仮定の話だ、今は今、だよ」

葉の笑みも消え、表情がなくなった。
少し開いた窓から風がか細い音をたてながら入り込んだ。

「‥‥‥シャーマンキング、か‥‥‥今更なんだけどよ、それっていったい何なんよ」
「全知全能の霊を手に入れ、力を得たシャーマンだよ」
「そんなんは分かってるに決まってんだろ」

葉の声に刺が混ざった。ハハ、と渇いた笑いを漏らしてハオは口を開きかけたが、葉の言葉に遮られた。

「シャーマンキングになったら、ハオはしあわせになれるんか?」
「まだなってもいないのに、そんなの分からないよ」

尤もな返答に、言い返すことばが見付からなかった葉は「そっか」と曖昧な笑みを浮かべた。
ハオを見続けることが苦しくなった葉は、また仰向けに直り、天井を見上げた。なんだかこっぱずかしいことを言った気がするので早く眠りに落ちてそのやり取りを忘れたいと思い、目を閉じる。

「ハオ」
「‥‥なんだい」
「あんまり、殺し過ぎるなよ」

心を読むまでもなく、優し過ぎる葉の不安が伝わる。最後の修業、殺しても生き返させる術があっても、それでもその行為は厭わずにはいられないのだろう。

「葉」
「‥‥なんよ」
「おやすみ」
「‥‥おやすみ、兄ちゃん」

それから何分としないうちに規則正しい寝息が聞こえた。
それを見つめ続けていたハオは静かに起き上がり、葉の寝顔を上から見た。
むにゃむにゃと言いながらハオの視線から逃げるように寝返りをうつ葉の顔をまじまじと見た。
一卵性双生児として生まれ落ちた世を見てきた限り、最もと言って良いほど凄惨な光景の連続だった。穏やかさなど化けの皮にすぎない。
光りと闇、その格差はどこだって程度は違えど同じだった。

「‥‥‥‥兄ちゃん、ね‥‥‥」

言われてむず痒い気はしたが、悪い気はしない。
葉にとってのしあわせがハオにとってのしあわせと同じものだとすると、シャーマンキングにならずとも味わうことは可能だ、だって、たった今もこんなに

「‥‥‥参ったなぁ、なんだかやる気が削がれたよ」

ぶつくさと文句を言ってはみたが、返ってくるのはなんだかんだでやっぱり“なんとかなる”というお気楽精神を貫き通す葉の宿敵であるはずのハオの隣で寝ている吐息。
うるさい、とも思えるそれが、心地良いものに聞こえた。

「‥‥約束、するよ」

ハオを見詰める優しい瞳を隠している瞼に唇を落とす。
むにゃ、と葉が声を漏らし、起こしてしまったかと思ったが、そのような様子は片鱗も見せない。
しかし、その口は弧を描いていた。
そんなことで喜びを感じるなんて、



まぶ
でも、葉と出会ってからそれはたしかに感じていた












“独りじゃない喜び、その確信こそしあわせだと思いたい”
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