葉が深夜に出歩くことがなくなり、葉明を筆頭に頭を悩める麻倉家の問題がひとつ、解決した。
今はもう、例の事件の犯人を絞り込む段階に入っている。
治安を守ることが仕事の麻倉家だが、やはり、一般には犯人の正体を教えるわけはなかった。
そして散漫した注意をかい潜り、ハオは葉と毎夜、懲りずに逢瀬を交わしていた。
一日目で面白い、と判断し、しばらくは暇潰しとして葉と会うことにしたらしい。
なんだかんだ言って、葉も遊び相手が出来て、嬉しかったようだ。
「おじゃましまっ…………っ!! いったあ!!!」
窓から何も考えずに部屋に入ったハオを出迎えたのは床に散らばったビー玉だった。
むろん、かなりの量がちりばめられ、それを踏んだハオの足の裏から来る痛み。
ある程度、想像はつくだろう。
「おっしゃ、ひっかかった!」
「って、何そのガッツポーズ………!」
ハオは痛みを堪えながら少しずつ足でビー玉を払いながらベッドに腰掛けている葉の方へと歩みを進めた。
転がって来たビー玉をひとつ手に取り、葉は笑った。
「あんま蹴んなよ。オイラの宝物なんだから」
「…これが宝物の扱い?」
ケラケラと笑われながら、ハオは頭を抱えた。
なんだか、立場がおかしい気がする。
ちらり、と葉を見れば、ドクドクと脈打つ血管が白い首筋に浮いて見える。
生唾を飲み込むと、葉が変な目でハオを見てきた。
「……………」
「どうかした?」
「………いや」
葉はフイ、と視線を外し、持っていたビー玉でおてだまのように遊び出した。
ギシ、と葉の隣にハオも腰掛けると、葉はビー玉を掌に納め、放るのを止めた。
「ビー玉ってさ、光を通すと綺麗だよな」
「ガラスだしね」
「夢の無いこと言うんじゃねぇ」
葉はハオの頭にゴツ、と拳を喰らわせた。
痛い、と呻くハオは頭を押さえながら恨めしく葉を見た。
「ん」
葉は口元に微笑を浮かべながら、先程ハオを殴った拳をハオの目の前に差し出した。
反射的にハオは身を庇おうと腕を顔の前に構えたが、なんだか違う、と判断し、その腕を下ろした。
葉はそのハオの手に拳を押し当て、中に入れていたビー玉を渡した。
「やる」
「一個だけ?」
「贅沢言うな」
ハオがくす、と笑うと葉は座ったまま腕だけを大の字にして寝転がった。
「………ハオはさ、オイラのこと恐がってないよな」
葉はハオに手を出して、先のビー玉を貸して、と目で訴え、ハオもその通りにした。
葉はそのビー玉越しに部屋に明かりを点している電球を見る。
「………治るか治らんか、ってゆうか、病気の原因さえもよく分からん、病人になったオイラにここまで接する奴ハジメテなんよ」
そりゃあ、自分移るわけないもん、となど言えるはずもないハオはつい、と視線を泳がせた。
「………だから、これ、形見ってヤツな」
ハオにまた渡すために葉は起き上がって、ハオに向かって笑った。
ハオの表情は固まっていた。
「………死ぬの?」
「自分の身体のことはオイラ自身がよく分かってる」
ハオは、胸が裂けるような痛みを感じた。
確かに、葉に付き纏う臭いは日に日に強くなっていた。
だけど、話して、笑う内に気になることになどなっていなかった。
衝動的にハオは葉を抱きしめた。
「………なっ!?」
葉が抵抗しようともがいたが、ハオはより強い力で葉を抱き寄せた。
「………生きて、」
「おう、頑張る」
葉がハオの見えないところで笑うのを感じた。
ハオは、自分の言動に目を丸くしていた。
夜が明ける前にハオは葉の部屋から退散した。
手にはビー玉。
ハオはそれをにぎりしめ、決意を固める。
――――生きて、側に、いて
不老不死に近い吸血鬼と共に、だなんて無理な話だ。
が、しかし、手はないこともない。
相手が生きた、人間ならば―――
ハオは葉の家の方角を見た。
死の香りは、最高潮を迎えていた。