葉はぺたっ、と自室のドアに耳をくっつけていた。

特に何らかの音は聞こえてこない。
チラリ、と窓の外を見る。充分過ぎるほど暗い。

「……寝た、よな。多分祖父ちゃんたち」

それでも細心の注意を払って、音を鳴らさないように移動し、窓を開けた。
夜風が顔にもろに当たった。

「…家ん中でじっ、とできるわけないよなぁ」

上半身をよいしょと窓枠の外に出した。
ん?と下を見ると、たまおが世話している狐と狸が葉を見上げた。
げ、と葉は頭をひっこめて、すぐさま窓を閉めた。

やばい。

あいつら妙に賢いんだよな…と頭を押さえた。
おそらく、また葉明に伝わるだろう。

家の中にいるのが安全だとは分かっている。
だけど。

葉が自分の思考に没頭したときにカツン、と窓から音がした。

は、とそちらを見てみたが、特に何があるわけじゃない。
気のせいか、と思いかけたら石を投げ付けられていると実際に目で見て確認した。

好奇心から窓に近寄る。
下の方を見ると、あの二匹はいなくなっている。
しかし、人の姿もない。

恐る恐る、葉は窓を開けた。

不意に、人形の何かが目の前に現れて視界を遮る。

「こんばんは」

葉が声をあげるより早く男は窓から侵入し、そのまま葉を床に押し付けて馬乗りになった。
葉の瞳が驚愕でいっぱいになるに連れ、男は笑ったように見える。

以上、それは驚くほどあっという間だったのだが、さらにその次の瞬間、バチッ、という音がした。
青い閃光が一瞬だけ閃き、ふたりの間を引き裂いた。

侵入者の男はかなり驚いた表情で葉を見つめた。

葉はとっさに、出来るだけリーチの長い武器、と認識した孫の手をとり、彼に突き付けた。

「誰だ、お前。何ものだ」

息が、切れ切れなのを抑えて葉は気丈にそう聞いた。
男は、目の前に迫った孫の手の手部分に臆した様子もなく、胡座をかいて座り直し、葉を見つめて薄ら笑った。

「ハオ。で? 君の名前は?」
「お前、そんなこと言える立場にいるとでも思ってるんか?」

葉は眉を寄せて、ハオと名乗った男を睨み見た。

「言ってくれるじゃん」

ハオは孫の手を掴み、即座に立ち上がった。
葉はそう来ると分かると持っていた部分を捻ってハオの胴体に向かって押し付けようとした。

次の瞬間、葉の手首を掴もうとしたが、また、あの光を放った。
バチ、という音と一緒に。

さすがに様子がおかしいと思った葉は、より眉間にシワを寄せてハオを見た。

「………静電気男…」

ハオはじわり、と痛む自分の手の平を見た。
これは、多分、

「なんだよ、随分、不名誉なあだ名だな」

そう言うハオの口の端が嬉しそうに上がった。
そのことに気が付かなかった葉はヒリヒリと痛む手首をさすりながらぶつぶつと呟いている。

「…ていうか、あれみたいだ。蛍光灯に寄っていった蛾とかが当たった瞬間に死んで散る音」
「………よりによって蛾に例えられるのか」

ハオの呟きに葉はまたハオをしかと見た。
ハオは孫の手を葉に返すために放り投げた。

「……蛍光灯の名前は?」

に、とハオが笑うともともと人が良い性格だったから、うっかり口を割ってしまった。

「葉」

しまった、と言う顔をしたあと、もう遅い、と気付き、葉はわしわしと自分の頭を掻いて、再度言った。

「麻倉、葉」

ハオはニッコリと笑うと、ヒョイと身軽に窓枠に登った。

「じゃあ、今日はこれでサヨナラってことにするよ」

は?と葉は睨み気味にハオを見た。
対してニコニコと手を振る奴が、なんかムカつく。

「じゃ、また明日ね、葉」
「は?」

ひらり、と窓から飛び降りたハオに驚き、葉は目を開いて、ハオのいなくなった窓から身を乗り出し、彼を探した。
見回したけれども、いない。

家の側には鬱蒼とした森があるので、そこに入って行った可能性は十二分にあった。
時間的にもそんなに遠くには行っていないだろう。

「…もう来んな!」

そう悪態をついて、力強く窓を閉めた。

葉の部屋の位置からは見えないくらいの場所でハオはその言葉を聞いた。
もう一度、屋敷全体を見渡した。

先程の葉に触れようとする度に起こった現象。

ハオの口に笑みが浮かぶ。
くつくつ、と押し殺した笑いが止まらなかった。

噂には聞いたことがあった。
吸血鬼と人間の間で取り交わされた契約。
その人間代表が―――麻倉家

そして葉からほのかに薫る、死の香り。

素晴らしい、別名、面倒くさいことに、麻倉家は能力者だった。
だから、彼自身もそうだったのだろうが、その死が差し迫っているなか、修行など出来なかったのかもしれない。

そして、葉自身が窓を開け、ハオを入れた瞬間、家に張られた対吸血鬼用の結解が解かれ、さらには名前を教え、ハオに呼ばれたことで、葉自身に纏わり付いていたそれも解かれた。

さらに、鋭い嗅覚で分かったことだが、凄まじいまでの純粋培養で育ってきている。

「………久々に、良い食材に会えた、な」

血に飢えたハオの瞳が紅に染まった。

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