ちょっと散歩してくるわーと言って、出ていこうとしたら、葉がオイラも行く、と着いて来た。 ジーパンのポケットに白い紙切れを入れながらいつもの便所サンダルに足を突っ込むあたり、大方買い出しでも頼まれたのだろう。 時々小銭がぶつかる音が聞こえた。
あ、てことは、荷物持たされる系?
まぁやることないから別に良いけどな。

「ホロホローなんか空やばくないんかなー」
「……あ?」

葉の家を出てから相当経ってから突然空を見上げた葉がそんなことを言う。
暗い雲が空を覆っている。

「……降り出す前に帰ろうぜ」
「おう」

少しだけ歩く速度が早くなった。

鼻頭にポツン、と嫌な予感が現れた。
数秒しないうちにそれは視界を白濁させてしまうくらいの雨に変わる。

「ぎゃーっ!葉!走るぞ!!」

咄嗟に葉の手を掴み、走り出した。
便所サンダルの葉なんかの足に合わせてたらもっと濡れてしまう。
足元はまだ水溜まりなど出来ていないのにコンクリートで整備されていない水を吸いやすい土が靴やズボンに跳ねてくることは分かってはいたけれども構ってなどいられなかった。
とりあえず屋根のある場所まで避難しようと思っていたら、ちょうど良い感じな場所があったから駆け込んだ。
個人的にはある意味敵と認識してしまうから今まで見落としていたけれども、小さな図書館だった。

「あー濡れたなーホロホロ」
「ビニール傘でも買ってくか」
「ホロホロ金は?」
「持って来てねーけど、おまえ持ってんだろ?」
「アンナが余分に金渡すと思ってんのか?」
「……どんだけケツに轢かれてんだよ」

アハハ、と特に訂正をしないで葉は笑った。
濡れたTシャツが気持ち悪くて襟元を摘んで小さな風を起こして少しでも乾かそうとする俺を余所に、葉はこっそりと図書館の扉を開いていた。

「なんでそんなこっそり……」
「図書館では静かにするもんなんよ」

それはそうだが。
面倒で突っ込みたいことを全て喉の奥にしまい込む。
葉はふらーと本を物色し始めていた。

「なに、おまえ結構読む方?」
「そーゆーわけじゃないけど、まん太じゃないからあんまり来ないからな、こーゆーとこ。 来た時にそれなりに楽しめば良いだろ」

声を抑えながらの会話は何やら耳がこそばゆく感じる。
耳を押さえると指が髪にかかり髪の奥まで濡れてることを実感した。
本は苦手なので、物色している葉は放って6人席の机のひとつを陣取った。
天気のせいか人はほとんどいない。
人目を気にせずにごろん、と頭を俯せた。
微かに聞こえるのは温度調整の機械音と窓の外の雨の音しかない。
少し眠気が襲って来た頃に葉が背中に乗ってきた。胸が机に圧迫された。椅子の背さえなければ、まさかのおんぶ状態だった。

「ホロホロー見ろよ、民俗学『アイヌの人々』だってよ」
「……見るから退け、頭が上がんねぇ」

葉の重さが引くと胸がすかーとした。 空気が美味い。
葉は隣の椅子に座りこちらに寄せた。
本を真剣に読むのは面倒らしく、絵がついてあるページだけをぱらぱらめくって拡げた。
興味があるところを見つけると、こっち見ろとばかりに肩をぶつけられた。

「顔に入れ墨って痛くないんか」
「いまどき誰もしてねーよ」

ぺらぺらとページをめくると、ズラッと一部の単語の意味が並んでいた。

「……ホロホロって単語ないぞ」
「そりゃーな」
「……あった、ピリカ!“可愛い”なー、ぴったりだな」
「……どこがだ」

雨の音が次第に弱まってきた。 窓の外を見ると、窓には水滴がついていて、館内と外の温度差が原因で白く曇っている。

「なーなー、なんかアイヌ語で言って欲しいんよ、解読すっから」


「ア エ オマッ」


「………載ってないし!」

当たり前だ、載ってるくらいなら絶対言わない。
葉から顔を背けた。
頬杖をついてみたら予想以上に顔が熱い。

勢いのよかった雨が止みかけている。

できれば、もう少し、もう少しだけで良いから降り続いて欲しいと思う。
出会ったときには既に許婚とかなんとか言っていたから、この先もずっと葉と一緒になどいれる保証はどこにもない。
明日もあさっても一緒にいたいとか思うのが見当違いだ。

だから、今この瞬間が続けば良いと思ったんだ。
しとしとと聞こえる雨の音が、今の俺の幸せの時間の象徴だ。



「なー、ギブ。どーゆー意味なんよ」
「教えませーん」
「どケチ!」
「ケチでけっこー」



紫陽花の謳



ちなみに帰ってから、葉の嫁に遅い!と怒られるのも一緒だった。
……それは勘弁して欲しい。
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