「ご注文、お伺いいたします」
「あ、カフェラテとエスプレッソで」


この喫茶店でバイトし始めて、結構時間は経っている。
そんなに時給は悪いわけでもないし、かと言って特別良いわけじゃない。
ただ、店長とも仲良くなってしまった今、なんだか辞めるに辞められないだけ。
でも、お店の雰囲気は好きだった。
こじんまりとはしているけれど、清潔感漂う白を基調とした内装で、観葉植物の青々とした緑がよく映えている。

彼を記憶に留めたのはそんなに最近のことじゃない。

日誌に書き綴ることがなかったから、そのお客さんの事を書いた辺りから、妙に気になってしまっていた。

その人は来る度にカフェラテとエスプレッソを頼んで、カフェラテだけ飲んで帰っていく。
出ていく間際、ほんの少しだけ悲しげな表情を残して。


別に、恋愛感情があって気になってるわけじゃない。
ってゆーか、左の薬指に指輪してるの見たから、まだ若いだろうに結婚してるか恋人がいるかなんだろうし。
こっちもあの人の名前も知らない訳だし。


コーヒーマシーンに挽いた豆を入れて、足りなさそうだったから熱湯より少し冷めたお湯を注ぎ足した。
どうせ残すんだろうからエスプレッソを先に入れておく。

カフェラテは、時々、お客さんがそんなにいないときは、ちょっと出来心で遊ぶんだよね。
ラテアートってやつ?
成功したらなかなか達成感があるのよ。

なんだか可愛いし、お店の雰囲気に合うかな?ってことで植物の双葉を描くんだけど、夢は好きな人にハート型を作って渡すことです。って、どーでも良いか。


「お待たせしました、エスプレッソとカフェラテです」
「ん、あぁ」


組んでいた手を退かして、そこに置くように促された。
毎度外を見ているし、お客さんもいないしで、声をかけてみた。


「今日良い天気ですね」
「………そうだな」


カフェラテを一口飲んで、妙な顔をした。
そんな我慢しながら飲むくらいなら端からコーヒー頼まなくて良いのに。
ふ、と私の遊び心に気付いたのか、彼がカップの中身をこちらに見せて来た。


「これ描いたんか?」
「はい」
「上手いな」
「ありがとうございます」


少し崩れてるけどね、ほんの一瞬にして。

店の扉が開く度に鳴るベルが響いた。
反射的にそちらを見て「いらっしゃいませー」と言いながらやや早足で向かった。


「お一人様ですか? お席案内……」
「いや、いらないよ」


やんわりと笑顔で断られた……。なんなのこの客。
でも、なんかあの人と似てる。
横を通りすがれて、ふ、とその人を目で追った。
そしたらいつも仏頂面か悲しそうな顔しか見せなかったあの人がビックリした、という表情を見せていた。


「久しぶり、葉」
「………お、おぉ」


知り合いだったのか。
それにしてもそっくりだ。ドッペルゲンガーかと思ったし。


「髪、伸ばしたんだね。 邪魔じゃない?」
「んー……まあ、な」
「切れば良いじゃん、その方が葉らしいよ」


そっかなぁ、と言いながら髪を触ってた。
男の人があそこまで伸ばすなんて大変だったろうに、もったいない。


「ねぇ、ちょっと」
「はいっ!?」


うおっと、思わずでっかい声出ちゃった!
すみません、お客さん!!


「このコーヒー、入れ直してもらえる?」
「は、はいただ今!!」


そりゃそうよね!!
冷めてるよね!!


新しく入れ直して、前の分を下げると「ありがとね」と笑われた。
かっこいいし。
左薬指空いてるし。って、どこ見てんの、私。


「最近頑張ってるみたいだね」
「……まーな」
「せいぜい自己満足したら良いさ」
「……頑張ってるんよ、おまえを納得させるために」


カウンター裏に戻ってる最中も、そんな会話が交わされていた。
主語がハッキリしてないから意味は分からない。
こんなんじゃスパイとかにはなれないなー私。ならないけど。なれないけど。


「ま、とりあえず、誕生日おめでとう、葉」
「うえっへへ、おまえもな、兄ちゃん」
「気安く呼ぶな」
「うぃ」


ああ、成る程。兄弟さんか。誕生日なんだ、ん? 双子?
ダメだ、意味わかんなくなってきた。


カラン、とまたベルが鳴った。


「いらっしゃいませー、御席ご案内させていただきます、何名様でしょうかー」

「じゃ、外に出ようか」
「おぉ」
「兄さんがおごってやろう」
「踏み倒すなよ」
「もちろん、僕を誰だと思ってるんだい」
「兄ちゃん」
「気安く呼ぶな」


新しいお客さんを案内している間に、あの人たちは席を立っていて、レジの前で待っていた。


「580円になります、……はい、ちょうどですね。ありがとうございましたー」


扉に取り付けられたベルが今から出ていくお客さんたちを見送った。
あの人は今日はいつものテーブルを振り返ることはなかった。
それに今、


「すみませーん、注文良いですかー」
「あ、はーい」


幸福喫茶

あの人、笑ってた。







2009Birthday
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