「蓮! 飲むか、俺が持ってきた『ホの字』!」
特にその答えを聞くまでもなく、ホロホロはついさっき一杯ビールを飲み干した蓮の右手に握られたグラスにどぼどぼと注いだ。
子煩悩だという蓮だったが、時間が時間だったため、黽は花共々風呂に連れて行かれていた。
自分のお猪子にも注ぎ、ホロホロはくい、と飲み干して唇を拭った。
「かーーっ、うめっ!」
「………確かに貴様にしては良い味を選んだな」
「……相変わらず一言余計な奴だぜ」
微かに猪子に残った酒を傾けてその動きを目で追った。
「………まさかおまえと酒を交わす日が来るとはなぁ」
く、く、とホロホロが笑った。
「なんとなく、おまえは弱い気がしてたけど、そうでもなかったな」
「その言葉そっくり貴様に返す」
背筋を伸ばして後ろ手をついた。
「あーぁ。しかもなんかおまえスゲー地位なんだろ?」
「当然だ」
「俺の研究資金くれよ」
「やらん」
「ケチ」
「なんとでも言え」
蓮のグラスを見るといつの間にか中身がなくなっていた。
いるか?と瓶を持ち上げると反対側に傾けられた。
持ち上げた瓶が行き場を無くし、何もしないのはなんだかあれだったのでまた自分の分を注いだ。
「………そーいや、昔、………」
「………なんだ」
「……いや、なんでもねぇ」
「気持ち悪い奴だな」
「うっせー」
真後ろの襖が凄い音をたてて開いた。
よっ掛かってなくて本当に良かった、と思いながら後ろを見ると花が黽をおぶって帰って来ていた。
どうも足で蹴って開けたらしい。
「いでで!黽!髪引っ張るなって!!」
「……」
蓮は黙って黽を花の背から引きはがした。
風呂上がりの子供は普段よりもさらにほかほかとした体温だった。
「蓮さん!俺、黽の頭洗ってやりました!」
「え、ちょ、花坊、おまえどーやったんだ、このトンガリ……!」
「あ、ホロホロ」
「だからなんで俺だけ呼び捨て!」
このやろう、とホロホロが花を掴んでこちょぐってやると身を捩りながら花はホロホロの頬を負けじと引っ張った。
何やらさらにホロホロか花に攻撃を加えようと黽の手が動いたが、それを押さえさせた。
ギャースカとうるさい奴らだ、と溜め息をついた途端、花がスキを見て立ち上がり逃げ出した。
「へへっ!参ったか花坊め!」
「………貴様子供相手にムキになるとは…」
あほ、と黽にも見下された言葉を発され、ホロホロが頬を抓ろうとするとバシッ、と手を蓮に叩かれた。
ひりひりする手の甲を摩りながらホロホロが堪え切れずに吹き出した。
「おまえが子煩悩とか信じらんねぇ」
「ふん」
「俺、昔のおまえも好きだったけど、今のおまえももっと好きになったわ」
「………」
ひょい、と立ち上がり様に花が葉を引き連れて戻って来た。
「父ちゃん、ホロホロやっつけて!」
「ぅえ〜〜〜」
「花坊ずいぶん頼りがいのない助っ人だな!」
よし来い、と3人が縁側から外に出て行った。
今からなんちゃってちゃんばらごっこでも始まるのだろう。
ぴた、と黽の手が蓮の頬に当たった。
冷たく感じたその手は、別段さっきと温度自体は変わってない。
「……………クソ、」
やっぱり、酒には弱かったのかもしれない。
君に伝えなかったことがある
だけども、それで良かったんだ。
その決断に昔も今も後悔はない。
初のホロ蓮はほんのり悲恋