竜とファウスト[世





ただでさえ痩せていた男がより限界まですっかり痩せ細った青い顔で元民宿、現(自称)旅館・炎の一室で横になっていた。
昔から傍目にはかなり病んでいるこの男、事実、病んでいて、今はもうどうしようもない。


「エリザ、見えてるかい、ほラ、蝶が飛んでいルよ」
『もちろん見えてるわ、ファウスト』


ふふ、うふふ、と笑う声を聞いたら目の端から涙が溢れ出した。
堪えても堪えてもそれを止めることが出来ない。

ぐい、と乱暴に拭い、ファウストが横になっている部屋の襖を開けた。


「おヤ、竜くんですか」
「おう、調子はどうだ、ファウスト」
「ふふ……悪くない、ですよ」


ちらっとエリザに目配せをすると、それを察した彼女は悲しそうに俯いた。
その裏に隠された意味は、知っている。


「アンナのOKAMIには悪いのですが、このまま立ち直ることワなさそウデスがね」


二人の意思疎通を察したファウストはさらりと二人が危惧していることを悪い方の結果で言いのけた。


「んなことないだろうがよ、ファウスト」
「ふふ、竜くんは優しいですネ」


げっそりとほげた頬を上げて笑った。
実年齢よりも遥かに老けて見えた。


「しかしですね、竜くん。私は医師なのです、誰よりも生命の見切りを理解しているつもりデスよ」
「……なんの為にシャーマン能力があると思ってんだよ!」
「少なくとも、長生きをするたメではありまセンよね」


流石に正論を突かれては押し黙るしかなかった。


「……確かに、私は超占事略決によって禁断の蘇生術を完全なものとしましタ」


ファウストの額にそ、とエリザが白い手を乗せた。微笑みを浮かべてその手に自分の手も重ね合わせた。


「しかし、やはり完全な蘇生などありえませン。私が出来る蘇生は肉体の損傷などから死に至った遺体や生身の人間にしか効果がないのデす……………平たく言うと、肉体の死は、単なる事故ですが流石に天命を扱うことは出来なイのでス」
「……だけど……もっと………生きてくれよっ……!」


堪えるために強く握った拳を床にダンッと突き立てた。
少しびっくりしたファウストは一瞬だけ目をぱっちりと開け、竜を見て、その拳に自分の手を添えた。


「竜くん、私はずっと世界で一人ぼっちだと思ってましタ」


ファウストは傍らにいるエリザに向かって微笑むと彼女もそれを返して首を横に振った。


「エリザに出会い、二人に増えましたが、失って、また一人ぼっちになりましタ」


不意にファウストが竜の拳を握る力が強くなり、俯いていた竜が彼の顔を見つめた。


「しかシ、私は新しい世界を見つけルことによって、一人ぼっちではなくなりました。……葉くんやOKAMI…まん太くん………そして竜くん、優しい、ステキなトモダチができたんです」


ファウストがふふふ、とまた笑った。



「こんなステキなことって、他にないでショう?」



竜の目から、涙が溢れていたが、流すのを我慢している。その代わり鼻やら顎やら面白いことになっていて、ファウストはそれを見て吹き出してしまった。
竜は目元を拭い取ると立ち上がり、笑顔を見せた。


「……何言ってやがる、おまえさんにゃ、もっと生きてもらわねーと困るんだよ。よしっ、じゃ、いっちょ板前の竜さんが腕を振るおうかね!!」
「いえ、私は点滴で充分でス」
「ふざけんなコラ。人間は食道に食い物を通すから健康でいられんだからな。残さず食えよ」


分かったな!と指をさして後退しながら部屋を出た。
ふふ、と恥ずかしそうに笑うファウストを後に襖を閉めて、静かに長いため息を吐き出して肩もしょんぼりと落ちていた。

俯きながら台所へ向かって2、3歩ほど進むと後ろから「竜」と自分を呼ぶ声が聞こえた。

とん、と背中を優しく叩いた温かい手の温もりが伝わった。思わず立ち止まり俯いて、我慢しようとして肩が震えた。
それでもさっき、なんとか堪えたものがここぞとばかりに溢れた。


「………俺は……まだ、奴に、死んで欲しくないんすよ………っ、楽しいことだって、きっと、もっと、」
「……ん、…ん」


言葉のひとつひとつに同意してもらう度、涙が零れていく。
拭っても拭っても追い付かない。


「………オイラも、ファウストの飯作るの手伝って良いか?」
「悪いわけないっすよ、旦那!!」


ジュビっ、と鼻水を吸い込んだ音がして、困ったように葉は笑った。


「あーもー汚ねーな、竜ってば」
「ず、ずびまぜん旦那」



天国へ1番近い君へ
( 君を大切に思う人がいること、絶対、絶対、忘れないで )



























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