九時を告げる鐘が鳴る。ここ数日、それがとても拷問のように思えた。
「・・・今日もアイツ来なかったな」
予想以上に響いた自分の声。
それが部屋で反響して、さらに寂しくなっていく。
寂しい、なんて感情は随分昔に捨てたと思っていたのに。
思い込んでただけの自分にいやになって、オイラはさっさと寝ることを頭に、とっとと電気を消すと、寝室に向かった。
ここ最近、夢を見続けている。
同じ夢ばかり、何度も何度もリピート再生されている。
朝起きて鏡を見ると、すごい顔にいつもなっているんだ。
・・・・・・目が腫れて。
「・・・うっわ、ブッサイク・・・」
昔なら、その腫れた目をなんとか隠す努力でもしたかもしれないが、人との接触を極力避けている今日日はそのままほったらかしにしている。
どっちみち時間が経てば消えるから。
昼になって、洗濯物を干しに来た縁側に座ると、温くなった古い木目は眠りを誘っていつとしか思えない。
干し終わってるし、ちょっとだけなら、と思い、欲望のまま寝ることにした。
「鬼の子」
誰が
「あいつに近寄るな」
なんでだよ
「目障りなんだよ」
何したっていうんだよ
「あの子…あぁ、麻倉さんの…」
ヤメロ
オイラは何もしていない
「消えろ」
だから何でだよ
夢見が悪い
起きてみると手に汗を握っていた
目を力いっぱい閉じると胸の奥深くに封じ込めたいと願う声がこだまする
その声が気持ち悪くなって、逃げるように走り出した。
足は、いつぞやアイツに待ち伏せされた街へと向かう
不意に手首を掴まれて、ようやく我に返った。
振り返って、直に顔にかかった息からアルコールの臭いが混ざっていた。
顔も赤くなっていて、これぞまさに言う酔っ払いだった。
「だめじゃないか〜まだ若い子がこんな時間に一人で歩いちゃ」
むふー、と吐かれた鼻息に背筋が凍った。
普段から、他人慣れしていなかったことも相俟って言葉が返せない。
足だけがガダガタと小さく振るえ、恐怖を素直に表していた。
「帰りたくないなら、おじさんとどっか行こっか」
いくら千鳥足でも体格的な差が歴然としていて反抗ができない。
ネオン街のひとつ裏通りに入れば、色街と化していて、一見、不釣り合いな連れ合いでも日常茶飯事なものになっていた。
「……っは、はな、せよっ」
「い〜じゃない、帰りたくないなら、帰してあげないからさ」
肩を組まれて胸板を触られた。
ゾワ、と鳥肌が立つのを余所に、おじさんは「おや?」と執拗に触ってきた。
自らの過ちを確信したようだったが、しばらく考えた末、にや〜と笑い、腰に手を回して来た。
「いや〜、おじさんもネアンポリス系はハジメテだよ〜」
そう言って声をあげて笑い、パンツの裾に指を入れた。
瞬間、腰に回されていた腕も指も消え、肩を掴まれ背中を抱き寄せられた。
「わりーな、おっさん。 先約があんだよ」
シルバはリーチのある身長を生かして掴み上げていた腕を離し、逃げていく様を見届けてから、葉の向きを半回転させて顔を覗き込んだ。
「帰るか、麻倉」
進み出したシルバの3歩半遅れて歩き出した葉の瞳には声を堪える分だけ沢山の涙が貯まって潤んでいた。