茫然と立ちすくんでいると、先程の光景が反芻してしまった。真っ赤になって口許を押さえる。

「〜〜…っ!?」

あの、子供のように無邪気な葉が、年頃の蓮たち世代にとっては、興味もなくはないようなことをしていた ように見えた。
そんな馬鹿な、と思っても嫌な想像しか浮かばない。
はしたない、俺は寺の跡継ぎだぞ!と自身に喝を入れた。
手にした瓦版を配らなくては、と思い直すと、そのためにやっと動けた。
しかし、葉の家に近寄りがたいものの、やらなくてはならない。
嫌だ嫌だと思っていると、最後の最後になってしまった。
げんなりとしてしまったが、耳を澄ましていると葉の家から騒音がした。
しばらくして、彼女の家からどこかで見た男が出て来た。
廓の一角にある店の主人、だった気がする。
彼が嘆息して、腕を組んで帰路についたのとすれ違いに葉の家へと歩を進める。
扉を叩くと、彼女が険しい顔をしてそれを開けた、が思わぬ相手に拍子抜けした表情になった。

「蓮…」

次の瞬間、さっき彼に見られた光景を思い返してボッと赤くなった。

「ど、どうした?」
「親父の使いだ」

ん、と瓦版を葉に手渡す。

「じゃあな」

蓮は居心地の悪さでさっさと葉の家から離れようとした。
しかし、葉は葉で見送りのつもりか、その後ろについて来た。

「なぁ、蓮。お前、将来の夢とかあるか?」
「夢? そんなものこの時世で叶うはずもなかろう。親の仕事を引き継ぐまでだ」

ふぅん、と葉は突然立ち止まり、遊郭を取り囲む壁を見上げた。
振り返ると葉のその様子を不思議に思い、蓮もそれに倣う。

「その親の仕事が失敗してな、オイラ、あっちに行かなきゃならんくなっちまった」
「…………は?」

あっち、と葉の指差した先は、壁の向こう。

「…オイラ、出来ることなら雲になりたい」
「雲?」
「まわりに気付かれん内に、消えてしまえるだろ?」

哀しげに笑う。
蓮の脳内で葉の言葉が反響する。

自分の将来は親によって決められて、彼女の将来も親によって決められて、坊主と遊女なんて、繋がることもないだろう

それだけは、分かっていた。
出来ることなら嘘だと言って欲しい。

「…それは、他の奴にも言ったのか?」
「オイラから話したのは蓮がはじめて」

葉のはじめて、は嬉しい言葉に思えて、少し良い気になったが、言葉に引っ掛かりを覚えた。

「…いつの間にか、ハオの耳に入ったらしくて、今日みたいな…こと、に…」

なるほど、弁明か。と蓮は葉の言葉を止めた。

「…俺もお前も、あと少ししか時間がないんだな」
「だな。へへっ、同士だ」

葉のこれからは蓮よりも過酷なものになることは間違いなさそうだ。
なのに、笑うなんて。
笑う葉に手を伸ばした。
しかし、蓮は躊躇してその手を引っ込める。

「…じゃあな、おやすみ蓮。変な話聞かせてごめんな」

手を降って葉は自宅へ戻った。
蓮は先ほど伸ばした手の平を見つめた。

抱き締めたい、と思ったなんて誰にも言えない
そんな些細な勇気さえなかったんだ

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