木造建築の建物
それが彼らの、所謂、学校。

登校時間よりも早く来て、もう遊び始めている、比較的小さい子どもたちの中を抜けてこの男、ひとり、向かった先は職員室。

「おぉ、どうしたんだ、蓮!」

暑苦しいことこの上ない、そう思わせるような教師
そもそも学校嫌いだと自称する男が教師でいいものか
まぁ、彼のやる時はやるっぷりは一級品だが

「…これ」

差し出たのは、白い封筒
教師群も、最早、開けずとも、それが何かを察したらしい。
急に目付きが変わった。

「…いつ行くんだ?」
「多分、次の祭が終ってからだろうな」

噂は狭い町、あっという間に広がるが、現実を目にした時とはまた反応は違う。

「それまではウチに来んだな?」
「あぁ」
「よし」

行っても良いという意の手振りに、蓮は頭を下げて、それに従った。

「失礼しました」

通過儀礼をし、教室に戻ろうとしたところ、走って来た何者かとぶつかり、不意を突かれたせいで後ろにこけてしまった。
蓮の上にはその主犯格が押し倒す形で姿を現した。

「…うゎ!! 蓮!」
「…女が廊下を走るな…!」

顔が痛みで歪みまする蓮をよそに、彼女は追いかけてくる声に敏感に反応し、蓮の手を引いて、物陰に隠れた。

「…何のつもりだ」
「かくれんぼ」

どうやら、さっきの声は鬼の子どもが、彼女を探していたものらしい。

「いやー、しっかし、蓮と話すの久しぶりだなぁ」
「教室から違うからな」

合同クラスは幼少までで、残りの学年では男女別になるからか、たしかになかなか機会はない。

「ところで葉…おまえ、いつまでガキどもと一緒になって遊びまわるつもりだ」
「…まぁ気にすんなよ」
「…仮にも年頃の娘が…」
「仮にもってなんなんよ」

その容姿と性格で、周囲の者が好意を抱き易い。
それが葉の特質だと頭では分っていつつも、中身はまだまだ同じ、子供のままで、蓮の内側にも彼らの感情と相違いないものがあるから、なんだかモヤモヤとする。

「それはそうと、蓮はなんで職員室なんか行ったんよ」

成績ではないよなー、と推測を述べるこの顔は素で蓮の事情など、分っていないのだろうと思わせる。

「…退学届けだ」
「………え?」
「家の事情でその関係の学校に転校せねばならんのだ」
「…蓮のウチって…なんだっけ?」
「……」

知らない奴はいないと思っていた蓮は意外なところにいたと実感した。

「寺」
「…あー、そうだった」

照れ隠しのようで、恥ずかしそうに頬を軽く引掻く様は、やはり可愛らしく見えた。

「オイラもなー、そろそろソレ出すかもしれねえんだ」

似てんな、と葉は笑い、それを聞いた蓮は驚きの念が顔に現れる。

「理由は?」
「まだ内緒」

人差し指を子どもに「静かに」と言い聞かすときと同じように蓮にした時ついに

「あ、葉さん見つけたー!」
「!! やべっ逃げよっ!じゃな、蓮!!」

嵐のように去って行った。
蓮は徐に先まで葉のいた場所に触れ、急に顔の色を変えてしまった。

「〜〜…!」


格好つけたいがために、とってしまうこの態度、せめて彼女にはかっこいい人だという印象を残しておきたい。
そう思うのはひとりではない。

期限は刻々と
否応なしに近付いていた











「れーんー」

ほぼ毎日のように、ホロホロは蓮の部屋に上がり込んでは勉強を教えるようにせがむ。
実質、勉強より喋る量の方がはるかに多い、主にホロホロが。

「“わずらわしい”ってどこから送り仮名ー?」
「自分のことなのにそれ位も分からんのか」
「何ホロっ!?」

半泣きになりながら、珍しく少しずつ課題をやっつける。
おそらく本当に期限が迫っているのだろう。
蓮はまた窓の外を見た。
この時間帯、子供が遊びに近くまで来ていることは多々ある。
そして今日も、葉は混ざっている、見たこともない男も。

「…ホロホロ…」
「何っ!?手伝ってくれんの」
「あ奴、何者か知ってるか?」

なんだよ、とホロホロは立ち上がると、蓮の人差し指が示す方向に目をやった。
次の瞬間、眉を寄せる。

「…ハオじゃねーか!」

ホロホロの声はかなり恨みが含まれている。

「あ、あいつ葉に色目使いやがって…っ!」
「何者だ、あのハオって奴は」
「向こう町の、高利貸し屋の跡継ぎ息子だよ。近所の学校じゃなくって私立に通っててそこの郭を抜けて通学してんだってよ。そんで葉に目をつけたか……っ」

ぎりり、と歯ぎしりが聞こえてきた。

「…詳しいな…」
「っちっげーよ!お前、去年の祭りサボっただろ!!」

廓周辺の町を挙げての祭りは、豪華絢爛、遊女たちの息抜きのひとつでもあった。
しかし、蓮は性格的にあまり好きではない。
対照的に、ホロホロは大好きで実行委員なども買って出るタイプの人間だった。

「そんで、去年は神輿対決だったんだよ!!」

遊郭挟んだ隣り町同士で、子供たちは同じ見せ物をし、大人たちを楽しませる。
互いに躍起になって頑張るから良い!と伝統的に行われ続けていた。

「…それを!あの野郎、わざとぶつかって来やがって、こっちを荒らして、キッタネー言葉吐きやがって…っ」

キーーーッ、と悔しがる甲高い声を出すホロホロを無視して、蓮はハオを見た。
確かにいけ好かない顔はしている。

「ちっくしょー!今年はあいつをギャフンと言わす!!」

一人で決意宣言をするホロホロをよそに蓮の部屋の扉を開けて姉の潤が入って来た。

「蓮、お願いがあるんだけど」
「なんですか、姉さん」

す、と潤は紙の束を差し出した。

「ご近所さまに配って来て」

ゲ、と蓮は露骨に嫌な顔をした。
父であり住職である円が月発行でやっている瓦版だ。
正直、こんなもんやっても意味がないと思う。

「蓮、手伝うぜ」

蓮が嫌がってることを熟知しているホロホロは笑いを噛み締めながら蓮の肩に諦めろ、と軽く手で叩いた。

「ありがとう、ホロホロ君」

いやぁ、とホロホロが赤くなってるのは見なくても声で分かった。
どす、とホロホロの腹に一撃をいれると蓮は紙を受け取って長い溜め息をして、玄関へと向かった。

「れ、蓮待ちやがれ……っ」

ホロホロは自分の鞄に散らかした荷物を詰め込むと、よろよろと蓮の後を追った。

蓮が雑用を押し付けられたとき、ホロホロは大概手伝った。
寺の階段を降りると、町は丁度左右に伸びた形で広がっている。
ホロホロは、自宅の関係でいつも右側へ行く。
今日もそこでお別れとなった。

左の道へ歩みを進めると、人影をふたつ発見した。
廓を囲む壁に女を押し付けて迫る男の図が視界に現れた。
びっくりして、声も出せずにいると、女の方がこちらの気配に気がついた。

「れ、ん」
「葉…?」

人に見られた恥ずかしさからか葉は顔を真っ赤にさせた。
どん、と相手の男を押し返し、逃げるように自分の家へと走っていった。
男は舌打ちをすると、蓮を睨んだ。

「……あともう少しだったのに」

そう呟くと、ハオは蓮の肩にこれみよがしにぶつかって、葉が向かったのとは反対側の遊郭の中へと繋がる門へと向かった。

 
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -