数年後………
街から少し外れたところに小さな店が出来ていた。
女手ひとつでなかなか繁盛しているそこはちょっとした穴場となっている。
そこの窓や出入り口からは巨大な遊郭が覗いて見えた。
常連客のおじいさんが女将に「はいよ」と注文した団子とお茶を出されてのんびりと世間話をはじめた。
その話に自然とまわりの客も入り込んでくる、不思議な空間だった。
「最近、天気いいですねぇ」
「本当に」
そんな中、バタバタと駆け込んできた、これまた常連の男が息を切らしていた。
「どうしたんです…」
「さ、参勤交代の行列が通るぞ…っ」
うげ、と店にいた人間すべてが外に出た。
「急げ、急げー―っ」
道路の脇で皆して頭を低くした。
こんな制度作りやがって…と内心思わないでもなかった。
生まれた時の身分の差でどうしてここまでやる事が違うのか……
この世は「差別」が横行しすぎてる。
大名行列が端っこにいた彼女の側に大名の側近と思われる人物が止まった。
「そこな店の主は誰だ」
ビク、と皆がした。
彼女は静かに手を上げた。
「出雲の守様が交代中、甘味を食べたいと言い出して…至急もらおうか」
「は、はい、喜んで…」
彼女はうっかり、自然にその声の主と目があってしまた。
心臓が大きく波打った。
聞き覚えのある声、見覚えのある顔……
――“兄”
相手も同じように気付いたらしい。
目を見開いて、すぐ逸らされた。
彼女は店に戻り、あるだけのそれを包んだ。
心臓はまだ収まらない。
懐にある“宝物”をぎゅっと着物の上から掴んだ。
震えが止まらない。
彼女が包みを運んでいると先ほどの男が顎で先頭に行けと指図した。
すると、よりにもよって、その“出雲の守”と思われる男が馬から手を伸ばしてきた。
彼女は震えながら包みを渡した。
「ありがとうな」
「い、いぇ…」
また心臓が大きく動いた。
間違いようがない。
この声は……………
「母ちゃーーーーーん」
子どもが彼女に向かって走って来ていた。
大名行列の際、無礼を働いたものは…斬捨御免…
彼女は急いで息子の頭を下げさせた。
「あんたって子は…っどこ行ったかと思ったら…!」
「うぶっ!!」
視線を感じてふいに上を見てしまった。
“出雲の守”と目が合った。
彼はふ、と笑った。
「かわいいな」
彼女は「ありがとうございます」と息子の頭を下げさせながらまたお辞儀をした。
「お前、何て言うんだ?」
彼の言葉は彼女の息子に向かっていた。
「花っていいます」
「お前、父ちゃんは?」
「いないです」
「母ちゃんと、ふたりか?」
「はい」
そうか、と彼は笑った。
「お前、何持ってんだ?」
「え」
少年の手には橙の花が一輪納まっていた。
「母ちゃんに見せようと思って…」
「でも摘んじゃダメだろ、生きてるんだぞ、ソイツも」
「………うん」
「んじゃ、お前に罰を与えよう」
彼女も皆して一瞬身を引いた。
そんな、お偉いさんと喋るんじゃないよ!と今まで思っていたのだからさらにビビッている。
彼女は息子を守ろうと抱きしめた。
“出雲の守”は馬から降りて、少年の頭を撫でた。
目線を少年に合わせるために座り込むと行列内の人間がザワザワし出した。
とにかく、このヒトは豪く変わり者のようだ。
「時が来るまで母ちゃんを幸せにすること」
彼女は目を丸くした。
それを見た“守”はにっこりと笑った。
「時?」
少年はそちらに疑問を持ったらしい。
「そう、出来たら来ないことの方が望ましいけれど、私にとってはそうでない“時”」
「…うん」
「じゃ、約束の証として、この花もらっていいか?」
少年は母親を見て考えているようだったが、彼女は頭を上下に運動させているのを見て「うん」と応えた。
「んー、じゃぁ代わりに何やるかな…」
彼は、しばらく経つと、思いついたように兜を脱いで、少年に被せた。
「重っ…」
「じゃ、きっとそれ取り戻しに来るからな」
そして、彼は代わりの兜を被せられると、馬に再度乗り、行列を進めた。
少年は母親から兜を横に置かれ、母親に倣って正座の最敬礼をした。
少年がふ、と左にいる母を見ると、彼女は心なしか涙ぐんでいた。
「……母ちゃん?」
「花…やっぱり、あんたはあの人の子だったんだね」
母の手がそれ以上の愛しさを含んで自分を撫でていると少年は思った。
「どんどん似てきてるよ…」
行列が完全に過ぎると、彼女は息子を強く抱きしめた。
「母ちゃ…」
「今のアタシは、花がいてくれるだけで幸せだからね」
人の幸せの基準なんて分からない。
貧しくても幸せな人
裕福でも不幸な人
愛し、愛されることが出来る人
憎む事しかできない人
アタシは幸せです
貴方を想うことが出来るから
貴方の幸せを願うことが許されているから
ねぇ
貴方は今シアワセですか?
このこころすべてあなたに
返さなくて良いから、
ただ想わせてて