海が広がっていた。それ以外には何もなかった。

なんで、こんな目になっているのだろう。

乗っていたハズの船が見えない。

 ここはどこだ









カンパーイ、と誰かの大声が響いた。
小さな、貧しい村のはずだが、テーブルの上にはなかなかに豪勢な食事が広がっている。

「それもこれも、ハオ様のお陰です」

村のお偉いさんのひとりが言った。

「そんなちっちぇえこと、気にすんなよ」

“ハオ”がそれに応えた。

最近、巷に政府を騒がせている“海賊”がいる。
被害に遭うのは、決まって“悪徳”と言われるに値する人達ばかりで、その被害にあった物品は換金されて、貧しいところに配って回る・・・・・・
さながら『ロビンフット』ととでも言ったところだろうか。
今回の村もそのお零れのひとつで、是非とも『ロビンフット』に感謝を言いたいというのだ。
それでも、良い事しているのだろうが、悪いには、変わりない。
従って、政府からすれば、やはり“海賊”なのであった。
そして、その海賊の船長こそが、最も賞金が高くついてしまっている――ハオである。
その補佐をしているのが、彼の実の弟である、葉。
そして、妙に彼にいちゃもんを付けたがるラキストのふたりである。
『ロビンフット』の中にも内部分裂というものがあって、それが主に、彼らで分かれているのだった。

「ところで、ハオ様、次の目的地は決まっているのですか?」

村人のひとりが尋ねた。
ハオは空いた杯を葉に注ぐように右手を彼に伸ばしながらそれに応える。

「あぁ、とりあえず、南南東に向かってみようと思う」

すると、急に空気が冷めた。
音と言えば、葉がハオに酒を注いでいるコポコポ…と言った静かな音こらいのものだった。

「…ハオ様、それはやめた方がいい…」
「え」

「その方向は呪われているんだ、船が、喰われるんだ」

呪われている

その言葉で見るからに眉間に皺を寄せた人物がいた。
ハオの横に座っていた葉である。

「その海域では突然船が消えちまうんだ」
「戻ってきた例は聞いたこともねぇ」
「伝説では魔女が船の男どもを食ってるんだ」
「ちげーよ、山姥だって俺の母ちゃん言ってたぞ」

「…うるせぇんよ」

ザワザワと青い顔をした大人たちに葉は一言そう言い放った。

「そんなん、信じられっか。オイラたちには関係ないんよ」

な、と葉は自分の隣にいたトンガリが特徴的な男にそう振った。
彼は「何故オレに振る」と文句を言っていたが、その隣にいる水色頭とアフロは恐怖でガクガクと顎を鳴らしていた。

「そんな迷信めいたことオイラたちは信じねえからな」

キッ、と葉はハオを睨んだ。

「おぉ、怖い怖い。」

口を挟んだのはラキストだった。

「ここはひとつの話として取るべきでしょう、全く、ハオ様の弟様である貴方の低能には参りますなぁ」

あんだとぉ!と目を光らせたのは葉を慕うリーゼントが強烈なインパクトを与える竜だった。
葉は静かにしかし敵意を含んだ目でラキストを睨む。
ハオは注がれた酒を飲み干して、葉から酒瓶を取り上げ、自分の杯を葉に渡した。

「葉。町の皆は僕らを思って言ってくれたんだ、目的地についてはまた落ち着いて考えよう、ね」

まだ何か不服そうな顔をしていたが、葉は肯定の意から、ハオに注がれた酒をグイッ、と飲んで、おかわり、と杯をハオに突き付けた。
ラキストのこめかみがピク、と引きつったのを見たのは蓮だけだった。


酒の席が終わり、自由解散になった後、葉は一人で一緒に飲んでいた町人のところへ行った。
彼らは一瞬、びっくりして葉を見た。

「…さっきはスマン。酒が回って、変なことに敏感になってたんよ」

へら、と笑う表情は先ほどまで見せていたものとは別物で、どちらが彼の本心か分からなかったが、今の彼には人を引き付ける何かがあった。
町人も気を許せた。

「いえいえ、あっしらも…」
「伝説ってのは、本当なんか?」

葉の問い掛けに一同、固くなった。

「…その方向から、時々、流れてくるんだ」

何の、と葉が尋ねようと目を合わせると、町人は首を横に振った。

「あんたたちは、行くべきじゃねぇ、あんなとこ」
「あそこは、言うなれば死の島なんだ!」
「流れてくるんだ!男たちの死骸が!!」

ビンゴ、と心の中で葉は呟いた。


誤って、村の漁船がそちらへ流れる海流へと流れてしまった。
船は戻って来ない。
戻って来るのは、乗組員の死体だけ。
死因は様々で判別のしようがない。

以上が葉が耳にした伝説の尾ひれのない内容だった。
これらのことが要因となって、伝説が成されたらしい。
船長であるハオにそれを伝える。
酔いを覚ますためにハオは暗い海に挑むように立っていた、葉だって慣れてはいるものの、そこから来る風は冷たい上に塩っぽい。

「…ふ〜ん、聞いた感じ、一種のホラーだね」
「で、村の一番の年寄りも物心つく前からそういう現象が起こっていたらしい」

ハオはふぅ、と息を吐いたのを見て、葉は身構えた。
お叱りになるとき、いつも兄はそうする。

「葉の、その人に好かれやすい性質がどれだけ役に立つか分かっての行動? 今日のは」

的を得ているので何も言い返せない。
普段は感情を押し殺している…あるいは本当にぼんやりしているだけやもしれない…葉であるため、珍しいことではあった。

「……もっと落ち着いてよ、葉」
「…すまん」

酔った勢い、と言うのも見え見えな嘘だった。
彼はハオ御墨付きの酒豪だったから。もちろんハオも人のこと言えたものでもないのだが。
ぐ、と葉の拳に力が入った。

「葉、もう少しだ、父さんたちの失踪の謎が分かるまで」
「…だな」

なんとなく、としか覚えていない父の影を追って、今の状況にいる。
彼は何度も航海に出ていたが、ある日、本当に帰って来なくなった。
幼かった頃は、生きるためには盗むしかなかった。
世間の汚さが目に入り、幼心に正義が疼いた。
当初は双子だけだったその規模が大きくなって今に至る。

「…まさか父ちゃんも倭冦だとは思ってなかったけどな」
「血は争えないよね」

は、と自嘲気味にハオは笑ったが、彼は後悔してはいない。

「て言うか、父ちゃん確か歴史ハンターとか言ってなかったか?」
「そ、で最後の旅が“伝説・阿弥陀丸の流れ付いた島の謎”」

変なウワサを聞き付けたときから、葉はハオに父親について仮定の話をし始めた。
気紛れから始まったと言っても過言ではないが、あと一歩というところで引き返せない。

「案外、面白いことになるかもしれないよね」

自分が知らなかったことに対してわくわくする時にしている表情だった。

「ハオ、行き先は?」
「変更するわけないだろ」

葉が手を上げたのを見てハオも同じようにした。
ぱんっ、と互いの手を合わせる。

「さすが、オイラの兄ちゃんだ」

に、と笑いかける葉に当たり前だろ、と不敵に笑い返した。



―――本当に嵐に巻き込まれるとは、この時思いもしていなかった―――
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